新入社員育成の場面を中心にこれまで多くの企業で取り入れられている人材育成手法が「OJT」です。OJTとは「On The Job Training」の略です。主に先輩社員が後輩に対し、業務に必要な知識やスキルを実践しながら伝承する、という手法です。OJTを継続的に実施すると、人材が効率的に成長し、人が人を育てる風土が会社に定着する効果も期待できると言われています。その一方で、OJTの効果には可視化、定量化できない部分も多く、OJTの有効性を実感できない企業も多いのが実態ではないでしょうか。

 OJT制度を効果的に運用する際に重要となるのがOJTトレーナーの存在です。新入社員等に指導する育成の役割を担います。多くの場合、同じ職場で働く先輩や上司がOJTトレーナーになることが多く、通常業務の一環として日常業務を通した指導をおこないます。OJTトレーナーからよく聞かれる質問として、「自分の業務知識・経験ではわからないことを質問されたらどう答えれば良いですか」、「『この仕事、意味あるんですか』と言われたどう対応すれば良いですか」など、実際にOJT制度を運用してみると多くの課題や悩みが発生します。OJTトレーナーの役割が重要視される一方で、こうした課題や悩みにしっかりサポート(寄り添って)いくことも人事担当者の役割です。

 今回の特集1では、OJT分野のエキスパートであるトレノケート株式会社の田中淳子先生にお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

ゲスト:トレノケート株式会社 ビジネス開発部/人材育成ソリューション部 国家資格キャリアコンサルタント 産業カウンセラー 田中 淳子 氏

1986年日本DEC入社。1996年より現職。
専門は、ビジネススキル、キャリア開発。新入社員研修からリーダー/管理職まで広く人材開発に携わる。
講師として研修を実施するだけでなく、新規ビジネス開発や顧客の課題解決支援などでも活動中。
著書:『事例で学ぶOJT: 先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』『はじめの後輩指導』(共に経団連出版)や『現場で実践!部下を育てる47のテクニック』『ITエンジニアとして生き残るための「対人力」の高め方』(共に日経BP社)など多数。

トレノケート株式会社
1995年の設立以来、人材育成の専門企業として事業を展開。「ビジネス×IT×グローバル」を軸に、1,400コースの幅広い研修を提供。世界14の国と地域、25拠点に展開。 2017年にグローバルナレッジネットワークより社名を変更。
HP:https://www.trainocate.co.jp/

事例で学ぶOJT

OJT(On the Job Training)の本質を考える~オンライン環境下でのOJTトレーナーの役割と機能とは~

岡田英之(編集部会):本日は『事例で学ぶOJT-先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』の著者、トレノケート株式会社の田中淳子様にお越しいただき、OJT教育の現在や今後についてお話をうかがいます。それでは田中さん、早速ですがご専門分野などの自己紹介をお願い致します。

◆『事例で学ぶOJT-先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』について

田中 淳子(トレノケート株式会社 人事教育シニアコンサルタント):トレノケートの田中淳子と申します。弊社は人材開発をご支援しています。私は35年ちょっと講師歴があります。元々はIT技術をエンジニアに教える仕事をしていました。途中から専門を変更し、ビジネススキル、ヒューマンスキルをメインに30年ほど企業の人材育成を支援しています。
OJTに関しては、2003年にあるお客様から相談を受けてOJTトレーナーを育成するプログラムを作ったことがきっかけで、約20年で60~70社以上の企業のOJTトレーナー育成に関わってきました。それ以前から新入社員研修には関わっており、新入社員研修も30年くらいの経験があります。2016年に国家資格キャリアコンサルタントを取得したこともあり、現在は、新入社員から60代まで幅広い層に対してキャリア開発支援を行いたいと考えて、勉強を続けています。
実は昨年(2020年)から、講師以外の仕事にも携わっています。

岡田:そうなんですね。今は何がメインのお仕事でいらっしゃるのですか?

田中:現在、2つの部署を兼任しています。一つはビジネス開発部で新しいビジネスやコンテンツを開発する部門。もう一つが人材育成ソリューション部で、お客様が人材開発で困っていることについてコンサル的な立ち位置で「こんなことをなさりたいのではないですか?」など、営業と講師の間をコーディネートするような仕事です。

岡田:ありがとうございます。非常にご経験豊富でマルチに活躍されておられるのですね。こちらの『事例で学ぶOJT-先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』は、どのような経緯で出版されたのでしょうか。

田中:私はOJTトレーナー育成を20年くらい続けており、この経験を本にできないかと考えていました。2006年に経団連出版から出したロングセラー『はじめての後輩指導』の増刷のご連絡をいただいた際、ご担当者に「前回の本を出してからいろんなエピソードがストックできたのですが、御社でOJTの本を出せませんか?」と伝えたら、「ちょうど田中さんにそろそろ次の本を出しませんか?と言おうと思っていました」とのお話がありました。

岡田:なるほど。私の読後の感想は、とにかく事例がというか、ほぼ事例集。びっくりしました。

田中:大小合わせて100事例くらいあります。私が事例をまとめた本を出そうとした理由は、OJTトレーナー向けの研修を年間何十社と担当し、何百人ものOJTトレーナーの方に春先に会って秋冬にフォローアップ研修でまたお会いしたことが契機です。皆さん非常に面白いエピソード、興味深い経験をお持ちです。それをまた別の研修で紹介すると、研修を受けられた方から「他社事例が非常に勉強になった」「他社のOJTトレーナーのエピソードが面白かった」「もっと事例を聞かせて欲しい」という感想を多くいただきました。また、研修担当の方からも「テキストに書いてあることは読めばわかるから、できるだけ具体的な他社事例を紹介して欲しい。あるいは外部講師にお願いしているのは他社の話をしてくれるからです」というコメントがありました。研修ごとに話しても毎回5つ程度のエピソードしか紹介できないので、多くのOJTトレーナーが頑張って試行錯誤し、経験したことを本としてまとめたら、広くあまねくいろいろな方に届けることができると思いました。そこで編集者にエピソードリストを送付したところ、一週間くらいで「出版企画を通したのでやりましょう!」と即決となりました。

◆リモート環境下でのOJTの状況

岡田:いわゆるアカデミックな理論も一部出てきますが8~9割くらい事例。若手育成に限らず、リアルな会社の中で起きるいろんなケースが紹介されていて驚きました。

田中:あえて「経験学習」くらいしか理論的なことは入れませんでした。よって、「理屈」「理論」の解説が出てこないことで、物足りないという声もありました。ただ、理論中心で具体例が少ない本もたくさんあるので、私はあえて、事例だけの本を作りたかったのです。OJTにはこういうやり方もあったんだと、具体的なHOWが手にとれるようになれば良いなと考えました。

岡田:そういうことですよね。

田中:例えば、OJTトレーナーが「褒め方がわからないけど、どのような褒め方があるんだろう…」「経験を振り返らせてもうまくいかないんだけど、どうしたら良いだろう…」などと困ったときに、該当しそうなページを開いて「ちょっとこれ真似しよう」「これをうち流にアレンジたらどうかな」と、さらに創意工夫していただければ、というのが私の意図でもあるし、想いでもあります。

岡田:ヒントがたくさん入っている本です。ぜひ皆さん、買って読んでいただければと思います。次に、各企業のOJTの実態をお聞きしたいと思います。田中さんが関わられてきたクライアントさんは多数あると思いますが、お話いただける可能な範囲でお願いします。

田中:ここで言及しているOJTは、狭い領域で、新入社員が配属された直後に先輩が1対1でOJTトレーナーとして指導、1~2年でひとり立ちするプロセスを指します。OJTトレーナーには多くの場合、入社3~10年目程度の若手・中堅層がアサインされます。OJTトレーナーはアサインするものの、すべての指導を1対1で行うとどうしても限界がありますので、周りの人を巻き込んでよってたかって育てることを多くの企業でも実践しています。

岡田:なるほど。ところで、この1年半はコロナ禍ですよね。リモート環境という制約があるなかでOJTを進める企業もありますが、何かヒントみたいなものをいただけますか?

田中:昨年(2020年)は仕事が急きょリモートになったことで、「困っている」ことが先行しました。手取り足取りということが文字通りできなくなりました。さて、この新しい仕事環境で、どのように新入社員を指導したら良いのだろう?と。「ちょっと隣でやるから見ててごらん」と説明できなくなってしまいました。これまでは、隣に座って「ここを」「あれが」などと指示代名詞をたくさん使って、何となく教えることができました。しかし、指示代名詞を使うクセがついている人はリモート環境になると、これが何か、あれが何かを全部説明できないので、急に教え下手になってしまいます。リモートになってOJTも説明力がより問われるようになったと思います。

岡田:「ここさ」「これってさ」というのは、近くにいれば新人も「ここってどこのことですか?」と直接聞けたわけですよね。それがリモートだと「そこだよ」って言われて「どこですか」と聞くと、これまで教える側、教わる側の関係性ができていたのに、途端にギクシャクしちゃったりとか、今まで普通に伝わっていたのに伝わりにくくなった…そんな肌感覚ですかね。

田中:もちろん、これまでも伝わっていなかったかもしれないのですが、対面であればなんとかフォローできていました。画面を指して「このボタン」って言えば、「あ、これね」と理解できました。リモートの場合、言葉で全部説明しないとなかなか相手に伝わりません。例えば、説明する側の先輩があまり理解せずに「ここ押す」と覚えているだけで、なぜ「ここを押すか」を理解していないため、説明できないといったことなどが出てきます。このようなことが、リモート環境ではより一層はっきりしてしまった部分はあると思います。

◆「怒っているのかな?」vs.「パワハラと思われたらどうしよう」

岡田:チーム全体でよってたかってという空気感、これもリモートだと難しいですよね。

田中:今までは先輩がリアルで「こんな事ではダメですよ」と叱っても、その後にその先輩が誰かと笑いながら話しているのを見ると、別に怒っていないことが分かります。また、先輩からランチに誘われたら、単にあの件だけを叱られたと理解できました。周りの人も「さっき叱られていたけど大丈夫?」なんて様子を見てケアできていたのですが、リモート環境になると少し厳しめのフィードバックをしたあと、プツッと画面が切れるだけの状態になってしまいます。

岡田:ああ、なるほど。

田中:新入社員は、「どのくらい怒っていたんだろう」と心配になります。先輩側は「落ち込んでいないかな、どうしよう」「もう1回コールした方が良いかな、でもパワハラって思われたらどうしよう」と、後々のことを妄想してとりあえず言うのをやめとこうとなるわけです。周りも察知してケアすることができないのです。そうすると若手はスイッチがなかなか切り替わらない。本来なら、人材育成の視点からは、褒めるだけではなく正すべきことを正さなければいけないのですけれども、だんだんと注意とか厳しいフィードバックはしづらくなってきてしまいます。

岡田:今の話は、私も含めて人事の皆さんは共感できるし、すごく重要なポイントですよね。

田中:では、出社して叱った方が良いのかとなると、そのためだけに出社するのも変な話です。例えばオンラインミーティングで、仮に、私が岡田さんの先輩で岡田さんに駄目出しをしたとするとします。すると、終わった直後に同僚にチャットで「今、岡田さんに厳しいこと言ったんだけど、何かのタイミングでケアしといて」と、裏で手を回しておいて、同僚が「なんかさっき叱られたんだって?田中さんは言うことは厳しいけど…」とフォローするとか、リモートでもやろうと思えばできるのです。ただ、その一手間が前より増えたのだと理解しています。様子を見ていて察するということが難しくなりました。

岡田:面白いです。リモート環境でもよってたかってみんなで新入社員に、あなたのことをサポートしていますよという空気感を、バーチャルではありますが機能的にはつくれるんですね。

田中:弊社はMicrosoft Teamsを社内SNSで使っているのですが、誰かが入社してきたら自己紹介を書き込む欄に、「ようこそいらっしゃいました」「〇〇さん、よろしくお願いします」と、大阪も東京も名古屋のメンバーも書き込みます。それはオフラインのときにはなかったことで。オンラインの方が、全員が一斉にチャットで声かけることでコミュニケーションが活性化する面もありますね。

岡田:なるほど。かえってリモートでやることで人脈が広がるんですね。

田中:ある企業では、社内SNSに新人が困ったら質問して良いチャネルを作り、誰かが「どうしてもここが分かりません。ここで作業がつまずいていて困っています」と書き込んだら、今までなら同じ部署の人くらいしかケアしなかったものが、全然面識ない人が「こうすれば解決するよ」と教えてくれたりします。そういうツールを多くの企業が上手に使えば良いなと思います。もちろん相互に助け合う文化を作らないといけません。誰も反応しない文化であれば、かえって、投稿した人が孤独になるだけです。このように上手にツールを使えば、リモートだから人脈が狭まるとも一概には言えません。

◆リモートで進化した新しいOJTのメリット

田中:新入社員研修も去年(2020年度)からほとんどZoomで実施しています。今までは授業参観のようなことがあまりできませんでした。今はZoomのURLを公開しておけば、札幌支社の方も沖縄支店の方も「新入社員研修」に同席しようと思えば可能です。本社主導で行う新入社員研修は、これまでブラックボックスでした。自分の部署に新人が配属される各拠点の支社長やOJTトレーナーになる予定の先輩などが出張しなくても研修を見学できて、今はかえって良かったりします。

岡田:よく部下が人事主催の研修にいって帰ったら、上司が「何の研修だった?」と理解していないことがあるじゃないですか。今のお話で解決できますね。全部でなくてもスキマ時間に少しでも見てもらえれば。

田中:もちろん良し悪しはあります。上司が研修を参観していたら、上司が見ているから本領発揮できないという面もあると思います(笑)。でも、地理的な場所を超えられるのがリモートのメリットですので、OJTも同じような運用をすれば良いのです。工場見学なら工場の中をカメラを持って歩いてバーチャルに工場見学をして、工場長の話を聞かせてもらうなど。今まで行っていたことと同じことをオンラインでもやろうとするから無理が生じて、「できない、できない」となりますが、今までやったことがない新しい方法に挑戦したら良いと思います。

岡田:別な形の効果がありそうですよね。

田中:OJTに話を戻すと、今まで新人が他部署のミーティングに出ることは難しかったわけですが、リモートなら名古屋の会議、大阪の会議でも出やすくなります。いろいろな部署の会議に出ると、仕事の全体像が見えやすくなります。そうしてリモートの良さはいくらでも活用すればよいのですが、皆さん、なかなかそこまで実行しないのが実態です。これまでのやり方にこだわってしまうのかもしれませんね。

岡田:たしかに、そういう情報ってあとあと間接的に役立ちますよね。

田中:バブルがはじける前の1980~90年代においては、まだ企業に余裕があったので、上司の出張に新人が同行し、顧客とのミーティングに出て、その後は、飲み会をセッティングして接待して帰ってくるといったこともありました。新幹線で4~5人のグループで動いている人たちをよく見かけました。その方法自体が良いとは思いませんが、30年くらい前の新入社員、あるいは若手社員は、こうして大勢の中で揉まれて、学ぶことも多かったですね。

岡田:ありましたよね。

田中:それがある時から、経費節減、新人教育するためにわざわざ出張なんかさせる必要ないと、環境が変化していったのです。そのことを気の毒だとおっしゃった経営者もいらっしゃいました。実は、客先同行からいろいろ学ぶことがあります。場を共有することで学ぶという機会はかなり減っていたわけです。ところが、今なら再び、それが一部可能になりました。リモートで「明日お客様とオンライン会議するから顔出さなくていいから1時間聞いていなさい。お客様にもOJTと言ってお願いをしておくから」と、簡単にできるようになりました。そうなると、「お客様はこんなことを気にするんだ」「こんなやりとりを部長はやるんだ」など、今までのOJTで知りえなかったことも経験できるようになります。リモートで手軽に時間とか空間を乗り越えられるようになったので、その点を活かしたら良いと思います。皆さん、リモートだからやりづらいとか、オンラインだからやりづらいという方向に話が向いがちです。先輩と後輩が出社するタイミングを合わせて、リモートではなかなか通じなかったことをその日にやれば良いのです。オンラインかオフラインかの2択ではないと思います。

◆OJTの定義、OJTトレーナーの役割と機能

岡田:OJTトレーナーと新人の方の関係が、縦横斜めに広がっている感じがいいと思いますが、僕なんか見ていてOJTトレーナーの人でも閉じちゃう思考の人がいますよね、なんかすごくクローズドな関係に持っていこうとする。これは、ますますリモート環境だとまずいですよね。

田中:はい。OJTトレーナーは、自分の責任だけでひとりを育成するわけではなくて、会社の中での後輩指導の窓口になっているだけです。「あなたのコピーを作ってください」ではないのです。何かあったら最初の窓口として質問に答えたり悩みを聞いたりする。どちらかというと見守ったり伴走したりすることが重要なのです。いろんな人を巻き込む力、リーダーシップをちゃんと発揮しないと自分一人でやることになってしまう。それは、OJTトレーナー自身のためにもならないし、新入社員のためにもなりません。

岡田:そもそもOJTトレーナーの役割と機能を誤解している会社もあると思いますので、再度OJT トレーナーの役割についてご説明お願いします。

田中:OJTは、定義を紐解くと大体「上司が部下を育てる」といったことが書いてあると思います。OJTは、あくまでも管理職がすべきことをトレーナーが代行します。管理職が「トレーナーをアサインしたから私は関係ない」と思うようになっては良くないです。あくまでも育成責任は管理職にあります。

岡田:育成責任は管理職にあるのですね。

田中:ただ、管理職が新入社員一人ひとりを育てられないので、昔から身近な先輩が上司に代わって育てるという感じがありました。それがだんだんと制度になってきたのが2000年くらいです。仕事が複雑になったりスピードが求められたり、高度化してきました。いよいよ現場に任せるのではなく、制度を作らないと、人がなかなか育たない時代になったわけです。

岡田:なるほど。

田中:上司がアサインするとき、OJTトレーナーに「あなたが知っていることを全部伝授しなさい」ではなく、「周りを巻き込みながら育てるので、トレーナーというよりもOJTのリーダーですよ」といった表現をする企業も多いようですね。 OJTリーダーに求められていることは、「このことはあの人に教えてもらう」「これはちょっと新人たちで勉強会やれば」などアドバイスやお膳立てをしたり、上司に相談して他部署の新人と一緒に何か経験させることを働きかけたりと、新人を育てるミッションを遂行することです。同時に、自分のリーダーシップを高めていくことで、次世代リーダーの登竜門にもなると位置づけにしている企業もあります。
実際トレーナーとして活躍した方は、私の主観ですが、リーダー職になるのが早いように感じます。周りも巻き込みながら、右も左もわからない真っ白な新入社員一人をしっかりと育てることを一年くらい経験します。そうすると、その後5~10人くらいメンバー抱えたときに経験が活きるようです。トレーナー研修でお会いした方が5年くらいたってその年の「OJTトレーナー研修」の見学にこられて、どうしたのかなと思ったら「課長になりました」といったことはよく経験します

岡田:まさに登竜門ですね。たしかにOJTトレーナーに要求されるスキルは高いですよね。そこを頑張ってクリアすると、実はOJTトレーナー自身が一皮むけるということですね。

◆OJTトレーナーの適任者とは?アサインのポイントは?

田中:OJTトレーナーをアサインするときに、上司が「あなた自身の成長、能力アップにもこの機会を使って欲しい」と動機付けをしないといけません。上手い上司はそこを実践します。下手な上司は「ちょうど良い年齢の人がほかに誰もいないんだよね。だから君がやってよ」と言ってしまいます。結果、アサインされたOJTトレーナーのモチベーションが下がってしまうこともあります。

岡田:誰をOJTトレーナーにアサインするのか、だれを後継者にするか、タレントマネジメントのサクセッションプランニングの一貫にOJTトレーナーというポジションもあるということですかね。

田中:ただ気をつけなければいけないのは、「育て上手」と思われると、同じ人がOJTトレーナーに2~3年に1回アサインされてしまうことがあることです。それはあまり良いことではありません。ある人事の方は「管理職にならなくても、年次が上がれば周りを巻き込むスキルは誰にでも必要。よって、誰もがOJTトレーナーを経験して欲しいので、あまり厳しい任命条件を設けていません」とおっしゃっていました。

岡田:いわゆる2:6:2のトップ層、スター社員ばかりアサインしてしまうと歪みがでてしまい、組織として若手社員の育成力が低下するということですか?

田中:そうです。大体は自分がOJT制度で誰かに育ててもらった経験があれば、順番がそのうち回ってくるとわかってきます。20年くらい前は「何でこんなOJTみたいなこと始めるんだ」「俺たちは放置されたのに、今の新人にこんな優しいことするのか」と、不満が噴出したものです。現在は、OJTはしっかりとチェーンになっています。

岡田:メンター制度というのもありますよね。OJTトレーナーとメンター、メンター制度とOJT制度を混同するという話も、たまに聞ききますが、こちらについてはどう思いますか?

田中:これは企業によって定義が様々なので何とも言えないのですが、私が何十社か見てきてよくあるパターンは、OJTは同じ部署など“縦”の関係で、仕事自体を教えることができる人。メンターは“斜め”の関係にすることが多いので仕事自体は教えない。例えば製造部門の新入社員に営業部門の先輩がメンターについているといったイメージです。

岡田:メンターに要求されるスキル・経験とOJTトレーナーに要求されるスキル・経験は異なるのですね。

田中:OJTの場合はまずはティーチング、そしてその先にコーチング。メンターは基本的に相談相手ですので、傾聴力とかアドバイスとかキャリアの相談にのれることが重要です。よく耳にすることは、月に1回メンター面談をして「この一ヶ月どう過ごしてきたんですか」「OJTはうまく進んでいますか」「職場で話してないけどこの場で話したいことありますか」といったことを質問するパターンがメンターです。メンターのほうがOJTトレーナーより、年次や年齢が上の人がアサインされることが多いです。

岡田:若手の立場だとメンターは一人じゃなくてたくさんいた方がいいんでしょうか?

田中:メンター制度という意味では一対一ですが、制度としてのメンターでないなら、個人にとって“メンター”に該当する人は、大勢存在して良いと思います。「目指したい憧れの人」という意味では、会ったことがない人でも良いと思いますよ。ロールモデルも別に1人がモデルになることもないので、メンターもそうだと思います。

◆経験学習とは?

岡田:最近、若手社員が口にする言葉で「自分の会社にはロールモデルいないよね」「目指す大先輩いないっす」みたいなのありますね?ロールモデル不在論のようなものについては、どうお考えですか?

田中:おそらく「青い鳥症候群」のようなもので、自分から真剣に探さなければ、どこに行ってもいません。仮に他社にいたとしても、もしその憧れの人の会社に入ってみたらそうでもなかったということもあるかもしれません(笑)。

岡田:実は、経験学習についてもお聞きしたかったんです。簡単に解説していただいてよろしいですか。

田中:経験学習とは経験から学ぶという意味です。ただし、経験そのものから学ぶわけではなくて経験したことを振り返るプロセスがないと、誰も人は学びません。コルブの経験学習モデルと呼ばれるものがあり、そのサイクルを回すことが必要です。
トレーナーもこの経験学習サイクルを繰り返していかなければなりません。新入社員も経験から学ぶことと、経験学習サイクルを回す知識を持っていないと、「なんでこんなに毎日、今日の振り返りしようかって言われるんだ、うるさいな」と思ってしまいます。双方にこの経験学習と経験学習サイクルに関する知識が必要です。

岡田:なるほど。ただ場数を踏めば人が成長するわけではないのですね。

田中:経験学習サイクルを頭の中で意識しながら、今どこのサイクルにいるか共通認識を持って振り返らないといけません。経験もただ振り返って反省するだけでは経験学習サイクルの2つ目までしか到達していないのです。大抵、反省といっても「遅刻しました」→「遅刻しないようにします」といった表現で、単に同じことを肯定的に言い替えただけと言う人も多いです。それでは持論化になっていません。持論化には、具体的な事象を全部取り除いてエッセンスを抽出できていないと、場面や状況が変わると応用が利かないのです。

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:最後に人事部門の方々にOJTについてご著書の内容も含めてメッセージをお願いします。

田中:私は2003年からOJTトレーナー研修を始めて、「うちの会社でもOJT制度を作りたいのだが」という相談にもかなり応じてサポートしてきました。でも、まだまだOJT制度を作ることを迷っている企業も多いです。人を育てる風土もないので、定着しないから、という理由だったりします。風土といった目に見えないものをどうにかしようとするより、まずOJT制度を早く作れば良いと考えています。トレーナーをアサインして後輩の指導が機能するようにしていくことを人事総務が主導して動かしていくうちに、少しずつ、人を育てる考え方も社内で共有させるようになっていきます。この変化は数年かかりますが、制度作って回すことで起こる変化です。それをせずに、新入社員の育成をいつまでも現場任せにすると、新人の成長支援の仕方が上司の育成観に左右されてしまいます。
新入社員は、昨今、会社に強いロイヤリティがあるわけではありません。終身雇用だと思っていないですし、「ここで実力つけてチャンスがあればどこかに行こう」と考えている新入社員を、育てる文化の中で早く捉えていかないと、採用にかけた費用も回収できないタイミングで「ここだと成長できないし、誰も構ってくれない」と、見切りつけてしまうかもしれません。人を育てる文化を作って「ここにいると成長できる」と若者に実感させることが大事だと思います。
また、繰り返しになりますが、OJTトレーナーはトレーナー自身の能力開発につながることを人事はもっと訴えた方が良いです。現場の管理職の方は、OJTトレーナーに任せ切るのではなく、部下の育成の最終責任は自分にあるという自覚を持っていないと、新入社員とOJT トレーナーの両方を潰してしまうことにもなります。上司が若い人たちに委ねながら見守って何かあったらサポートする体制を作ることが重要です。
さらに、頻繁に耳にすることが、OJTトレーナーの人たちは、人事から「あれやってこれやって、3ヶ月に1回レポート出して」といろいろ言われるけれども、提出してもなしのつぶてであるというケースが多いようです。何かフィードバックして欲しいのです。「順調に育っていますね」「今月も面談してくださったんですね」の一言でも結構です。ただ見て黙っているだけではなく、現場にフィードバックをしていくと、OJTトレーナーもやりがいを感じるでしょうし、現場での育成に好循環が生まれると思います。

岡田:貴重なお話、ありがとうございました。もっとたくさんお聞きしたかったんですが、次の機会にお願いします。本日はありがとうございました。