リテンションマネジメントの本質とは

 昨今多くの企業では、優秀人材の獲得と退職者の抑止(リテンション)に頭を悩ませています。アフターコロナを見据え、事業の成長曲線を軌道に戻すには、新規採用を強化することも一案でしょう。しかし、新規採用に注力するあまり、既存の従業員を蔑ろにしてしまっていては、本末転倒になります。そもそも、事業を安定させるには、離職を食い止め、組織に留まる社員を増やしていく必要があります。厳しい経営環境下でも献身的に働き、多くの貢献をする社員を正しく評価し、定着率を高めるためにリーダーは何をすべきでしょう。現在の大離職時代(グレート・レジグネーション)を上手に乗り切るために、リーダーが取るべき4つのステップをご紹介します。

1.自分自身の影響力を認識する

 皆さんが気づいたとしても、そうでないとしても、人々は常にリーダーである皆さんを見ています。そのため、皆さんの言葉と行動に自分自身がどう反映されているかを、いったん立ち止まって考える必要があります。例えば、ある会社では年初来の離職率が25%と過去最高を記録し、採用目標を60%下回っているとします。社員は不安やストレスを感じています。あなたなら、こうした厳しい現状を従業員にどう伝えますか。
 自身の抱える心配事やフラストレーションが周囲にどう受けとられているか、皆さんはどう認識しているでしょうか。社員が感じる懸念や不透明感を、不用意に高めるようなことはしていないでしょうか。自分が及ぼす影響について認識すれば、それをコントロールして正しい方向に進めることができるはずです。

2.潜在力と可能性を注視する

 ある組織では、定着率が75%で、新規採用についても多くの応募者があり、従業員の数も順調に増えているとしましょう。かつてなくディスラプティブ(破壊的)な時代に、どのような成果を生み出したいのかを考えてみてください。
 プラグマティズムを基盤に、可能性と感謝の気持ち、そして組織に古くからいる社員と新たに加わった社員の双方が、どのような経験をしているかに対する認識を考慮に入れるタイミングです。社員に対して興味・関心を持ち、次のように問いかけることがポイントです。

  1. この状況下で、できる限り最善の成果として具体的に何が思い描けるでしょうか。
  2. その成果の何に心が躍りますか。
  3. それはあなた/チーム/組織に何を与えてくれるでしょうか。

上記のような視座で社員とコミュニケーションを図ると、そこから生まれるのは恐れや不透明感ではなく、潜在力や可能性になるでしょう。

3.退職もまた是だと考える

 コミュニケーションに関して、皆さんが予期せぬ影響を及ぼしている可能性があります。つまり、自分自身をはじめ、組織が退職していく人々とどうコミュニケートしているかです。
 社員が退職の意を伝えた時に、組織側がまるで別れを告げられた恋人のような反応を示すケースがあまりにも多いようです。これでは自分が捨てられ、拒絶されたかのように感じてしまいます。これが、あまり好ましくない行動の引き金となります。
 退職した人間は、「自分の判断は間違っていた」とされ、その人の信頼性や誠実さに疑問を投げかけます。一緒に仕事をしていた時は、そんなことはなかったにもかかわらずです。退職していく人が、まるで存在しないかのように振る舞ったり、その人の貢献を過小評価したりすることも生じがちです。
 このような行動が、退職していく人にどのようなシグナルを送っているのかを深く考えるべきでしょう。さらに、残留組がその様子をよく観察している現実も忘れてはいけません。
 このような行動を取る代わりに、引き継ぎの時期に、感謝の意を持って接することが大切です。終身雇用の時代は終わり、ごく稀な例外を除けば、社員はそれぞれのキャリアの旅路の中で、皆さんの組織に一時的に立ち寄っただけなのだと考えることも必要です。
 組織を去っていく社員は組織に貢献し、社員側も何か新しいことを学べたのだと願いましょう。彼らはすでに新人だった時代とは異なります。それと同じことが、皆さんにも組織にも言えるのではないでしょうか。
 退職者が出た際に一旦立ち止まり、このような思いを、退職する側も残される側も言葉にできたら、どうでしょうか。これまでを振り返り、互いに成長し、進化したことを認識できたとすれば、何かが生まれるかも知れません。退職を関係の拒絶と捉えるのではなく、組織が進化していく過程における変化だと見なすことで、新しい何かが生まれるでしょう。
 皆さんの組織でも人材プールが逼迫しているのは確かでしょう。しかし、一人ひとりのキャリアは長いものです。感謝の気持ちを持って、一緒に働いたこの時期に区切りをつける視点が大切です。

4.敬意と配慮を示す

 ここ数十年で人材市場は大きく変化しました。社員を顧客と同じように扱い、長く働き続けてもらえるように細心の配慮を示さなくてはなりません。これが離職率を抑え、自社の成長曲線を軌道に戻す第一歩です。
 既存社員が、新規採用の波の陰で無視されていると感じたり、ビジネスを前進させる努力を過小評価されていると感じたりすれば、離職の流れは止まらず、自社の成長曲線も上向きにはならないでしょう。
 社員が組織に留まることを当然だと思ったり、期待したりするだけではいけません。それでは健全な関係とはいえません。以下、社員に敬意と配慮を示すための3つのステップを提示します。

1.「再び採用する」と考える

既存社員を、これから自社で新規採用しようとしている人材と仮定した時、どのような会話が交わされるかを考えてみましょう。

  • 社員のモチベーションや野望を理解することに時間を費やします。労働市場に数多くの求人があるタイミングに、組織内のどこに好機があるかを見極め、それが自組織以外の場所であっても好機を特定し、社員がまだ達成できていない夢や野望を実現する手助けをしようと考えます。
  • 組織にポジティブな影響を及ぼし、その功績が認められていると社員が感じられるようにサポートします。何をしているのかだけではなく、なぜそれが重要なのかを認めましょう。困難な時期に、社員がいかにして仕事を続けてきたかをあなたが高く評価していると、メンバーに伝えてみましょう。人は自分が大きな影響を与えていることを知りたいものです。
  • 対話を続けます。これは一度きりの対話ではありません。ただ相手に近づいて、言葉を交わし、それで全てよしと考えてはいけません。会社のマネジャーやリーダーであれば誰しも、これを第一の関心事にしなくてはなりません。
2.適切な報酬を支払う
  • 評価基準や報酬制度といった仕組みを全体的に見直す必要が生じる可能性があります。仮に社員や人材市場から見聞きすることが、自社における現実と一致していない場合、その時こそ現状に異議を唱えるタイミングです。
  • これは、単に報酬額を上げることに限りません。ある研究によれば、昇給でモチベーションを上げる効果は長続きしないようです。報酬と同じように重要なのは、従業員の貢献度と影響力をどう認識し、どのように評価するかということです。
  • 自社の組織DNAについて考えます。従来の方法では組織の現状やそこで働く人々にマッチしないのならば、どのようなものがマッチするかを考えます。
  • 過去とは、積極的に決別しましょう。
  • 長期戦で取り組みます。会社の報酬に関する指針が明確で、全社員に理解されていることを確認します。アカウンタビリティ(説明責任)のある環境を整え、新規採用者が入社した時も、既存の社員が損をしないようにします。
  • 公正であることは、貢献をどう評価するかということから始まります。社員に対する認識と報酬に関する無数の問題を解決するのは、組織の中で皆さん個人の仕事ではないかもしれないですが、(リードすることはできます。問題を表明し、アカウンタビリティ(説明責任)を主張することは可能なのです。
3.関心を引き出す

 コロナ禍で企業は大きな打撃を受けていますが、多くの企業が抱える現在の痛みの根源は、人手不足にあります。既存社員は、空きポジションの業務を埋めるために、自分の職務範囲を広げて従来以上の仕事を引き受けています。真の問題解決のために、自分にはどうすることもできない状況下で、顧客の不満に耳を傾けなくてはなりません。そして、限界に達したメンバーが「辞める」のを目撃しながら、その痛みを感じているのです。つまり、問題解決を助けてもらうには、皆さん自身が勇気を出して社員を困難な課題に引き込む必要があります。

  • メンバーに助けを求めます。これは勇気が問われることです。なぜなら、自分があらゆる物事に対する答えを持っているわけではないと認めるのは、弱さをさらけ出すことでもあるからです。より多くのアイデアが採り入れられ、多くのメンバーの参加によって多様な見解が展開される時に、より好ましい結果が生じると認識するには、自らの強さと自信(レジリエンス)が必要なのです。
  • 日々直面している心配事を自ら軽減できるように、社員に権限を委譲します。社員がステップアップしたり、新たな取り組みに参加したり、将来への道筋をつけるのに情報を得たりできるようにします。そうすることで、あなたが社員を信頼し、評価しているという重要なメッセージを送ることができます。
  • 望ましい結果に注力します。それを達成するには何が役立つのか、多様な知見や見解を積極的に求めます。特に自分自身とは異なる知見やアイデアが欠かせません。そして、相手の意見を聞いて驚いたり、喜んだりできるように、常にオープンな状態でいることが大切です。

 あえて自分の弱みを見せ、知ったかぶりをしないことが、すべてのステークホルダー、すなわちチームメンバーや同僚、そして直属の部下から、いっそう深いエンゲージメントとロイヤリティを生み出すための道を開きます。


JSHRM 執行役員『Insights』編集長 岡田 英之
【プロフィール】
1996年早稲田大学卒
2016年東京都立大学大学院 社会科学研究科博士前期課程修了〈経営学修士(MBA)〉
1996年新卒にて、大手旅行会社エイチ・アイ・エス(H.I.S)入社、人事部に配属される。その後、伊藤忠商事グループ企業、講談社グループ企業、外資系企業等にて20年間以上に亘り、人事・コンサルティング業務に従事する現在、株式会社グローブハート経営統括本部長、組織・人事コンサルティング部長、グループ支援部長
■日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員 ■2級キャリアコンサルティング技能士 ■産業カウンセラー ■大学キャリアコンサルタント ■東京都立大学大学院(経営学修士MBA)