VUCAの時代。混迷する事業環境の中、未来に向け次世代リーダー育成に注力する企業は増加傾向にあります。経営戦略上の重要ポストが将来時点で欠けないように、その候補者を前もって管理することを意味するサクセッションプランはその代表例です。一方で、将来を担う後継者候補の育成機会(場)を自組織内で留めるのではなく、広く社外に求める動きも重要になってきています。その際に不可欠な考え方が、部署、役職、そして会社を越えた「越境体験」です。ビジネスの文脈で「越境」という言葉を聞くと、出向や海外赴任といった人事的な異動を想起する方が多いかもしれません。しかし、「越境」はそれだけの意味に留まりません。異業種交流やボランティア、コミュニティ活動への参加など、より多様な「場」において、自分も組織も成長するようなアクションの総称として「越境」という言葉が使われています。旧来の業界構造や組織形態の“当然の前提”が崩れつつある昨今、これまでの枠組みの中では未来のリーダーは育まれないでしょう。

 今回のぶらり企業探訪では、「X(エックス)×リーダー育成」というコンセプトで、「越境」の新しい世界を展望する株式会社セルム執行役員の瀬戸口 航さまにお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

株式会社セルム執行役員 瀬戸口 航 氏

ゲスト:株式会社セルム執行役員 瀬戸口 航 氏

2003年早稲田大学商学部卒業後、株式会社日本エル・シー・エーにて自動車業界を中心に新規事業開発支援・ビジネスプロセス構築などに従事。2010年株式会社ファーストキャリア入社。営業マネージャー、企画開発本部 長等を経て2016年代表取締役社長就任。同年、株式会社セルム執行役員就任。大手企業を中心に、ファーストキャリア層(新人~若手人材)・次世代リーダー層向けの人材育成・人材開発施策のコンサルティングなどを手がける。次代を担うリーダー育成のため、近年は越境学習を広めることに心血を注ぎ、「X(エックス)×リーダー育成」のコンセプトのもと、地方創生や技術イノベーションなど「X(エックス)」の場とリーダー育成の掛け合わせを数多く創出している。
「越境企業」のはじめ方

「越境人材」の戦力化とイノベーター化
~「地方創生×リーダー育成」という越境プログラムから考える「良い越境」と「悪い越境」~

岡田英之(編集部会):本日は、『「越境企業」のはじめ方』の著者で、株式会社セルム執行役員の瀬戸口航さんにお越し頂きました。今回はこちらの本の内容を中心にお話を伺います。それでは早速自己紹介方々、これまでの瀬戸口さんの歩み、キャリア、ご専門分野などからお話頂ければと思います。

◆「地方創生×リーダー育成」という越境プログラム

瀬戸口 航(株式会社セルム執行役員):承知しました。私は株式会社セルムという人材育成、組織開発の専門ファームで新規事業担当の執行役員をしております。転職組でこのグループが3社目で12年間在籍しております。元々入社したのはグループ会社のファーストキャリアという会社で、そこで6月末までの直近6年間は代表取締役をしていました。
 何をやってきたかと申しますと若手社員向けの研修、特に次世代のリーダー育成です。実は人材育成業界ってあまり変化がなかった業界なのです。特に若手向けは新入社員研修、フォロー研修、3年後のキャリア研修などをいかにフルパッケージで広げるか、そんなゲーム(ビジネス)だったと感じています。でも、自分はずっとそれだけで本当に人が育つのか?そこから底上げされてリーダーが生まれるのか?と疑問に思っておりまして、ここ数年それが明確になってきたので、「X(エックス)×リーダー育成(TEX)」というプログラムを立ち上げたのです。

岡田「X(エックス)×リーダー育成」というプログラム。

瀬戸口:これは自社内や既存の業界内だけで未来のリーダーを育てるのは難しいので、外の世界で学んだ気づきをもとに、変化・成長してリーダーシップを身につけてもらう越境プログラムです。「X(エックス)」にはいろいろな現場が入ります。第1弾として4年前から「地方創生×リーダー育成」を手掛けて、これは経済産業省の「未来の教室」プロジェクトで採択されました。第2弾、第3弾も仕込んでいます。このような感じで新しい市場を作って発信することをファーストキャリアでは心がけてきました。セルムグループは黒子的なプロジェクトがほとんどでむしろそれが特徴ですので、グループ内でも珍しい動きだったと感じています。

岡田:ありがとうございます。次の質問です。こちらの『「越境企業」のはじめ方』ですが、冒頭部分でかなり瀬戸口さんご自身のキャリアについて、詳細に書かれています。中学受験のこととか。この部分、何か意図がありそうだなと感じたのですが。

瀬戸口:すごく良い質問をしていただきました。実はセルムはどちらかというと大企業の選抜された役員とか部課長、いわゆる2:6:2の2に特化したビジネスモデルなのです。もちろん重要ですけれど、私は6の人たちのリーダーシップを高めたい気持ちも強いのです。真ん中の層がいかにリーダーシップを持ってビジネスフロントで働くかで組織は成長し、その人たちも輝く。ここに世の中を変えていくパワーがあると信じています。今は越境のチャンスを選抜された人に与える会社さんが多いのですが、マジョリティこそ越境すべきと主張したいがために、自分の煮え切らなかったと言いますか、紆余曲折した過去の話を書いたというところです。

岡田:そうだったのですね。出版背景と言いますか、出版社さんとは市場ニーズ、訴求ポイントなどについてどのようなお話をされましたか?タイトルに「越境企業」とあって、個人ではないので読む前にあれっ!と思いました。

瀬戸口:まず、越境学習という言葉は何年か前からありますが、世の中に注目され始めたのはこの2~3年だと思います。法政大学の石山先生が第一人者として提唱され、現在のような環境が出てきたわけです。人事の世界ってバズワード的に流行っては、翌年消えていくキーワードも多い中、越境学習は違いました。最近の流れでは、リーダー育成が自社や業界の中で完結しないことが少しずつ理解されてきて、コロナ禍で変化のスピードが速くなって、本当に我が社の業界の行く末は大丈なの夫か?人材育成はできているか?…と危機感がパっと広がりました。もう越境学習を取り込むのが必須だろうという空気が高まったのです。私たちの「地方創生×リーダー育成」も、以前はちょっともの好きな企業、人事担当者の方が注目する感じだったのですが、いろいろお声がかかるようになりました。越境という言葉がパワーワードになっていく中、自分もこれを世の中にもっと訴えかけていこうと思って出版にいたりました。
 越境企業というタイトルですが、私もやはり越境する主体は個人だと思っています。でも、今までよりも個人の力が企業変革などで注目される時代、越境を個人任せにせず会社として盛り上げて、後押ししていく必要があると思っており、そういった施策を進める企業を越境企業と呼んでいます。

「X(エックス)×リーダー育成」というプログラムとは

◆良い越境、悪い越境、タフアサインメント

岡田:瀬戸口さんから見てこの越境はうまくいった、逆に越境は行ったけどちょっと組織と個人がWin-Winの関係にならなかったとか、良い越境と悪い越境をイメージできる話をいただけるとありがたいです。

瀬戸口:ワンショットで越境して「わー!」と思って終わりみたいな越境はあまり良くないですね。良い越境は、個人の行動様式に変化があり、さらにそれが企業に反映されていく越境です。でも、それって判断するタイミングが難しいですし、一定の時間軸が必要だと思うのです。
 今反映されるのがベストパターンですけれども、もしかしたら1年後あるいは3年後かもしれない。それくらいの懐の深さと、時間軸を持って越境の成果を見ていただきたいと思います。

岡田:研修などの成果を測定するのは、立教大学の中原淳先生によると、行動変容だそうです。ただやはりタイミングが人それぞれで難しい。企業としては5年後と言われるとちょっとロングスパンだなあとなります。できるだけ今期中とか即時性を求めるので、そこが難しそうだと思ったのですね。

瀬戸口:2階層のフォローが必要だと思っています。1階層目は今申し上げたように時間軸を性急に区切らずに、越境で火がついた人の気持ちを盛り上げていく関わりをしながら気長に空気を作っていく。それとともに早いタイミングで、変革プロセスの最初のきっかけを作ることがポイントだと思うのです。
 100人中5人くらいは行動変容のタイミングが合うかもしれないので、まずその人たちにチャンスを与えます。かつ95人がその背中を見られるようにする。新規事業開発室みたいなものがベストかもしれませんが、異動が伴うと簡単ではないので、プロジェクトベースでCSV活動を実装すると良いのかなと思います。

岡田:なるほど。越境で何を学んでどのような体験をしてもらうかのデザインも重要ですが、むしろ越境して帰ってきた人材にどんな仕事をアサインし、いかにイノベーター化させるかがポイントでしょうか。

瀬戸口:そう思います。話が越境から少しそれますが、セルムに次世代リーダー選抜プログラムがあります。これがタフアサインメントを伴うかプール作りになるかに大きく分かれます。何兆円企業という規模だとアサイン権を人事が持てないことも多いので、やはりプール作り+α(アルファ)が焦点になることが多いです。準大手企業くらいで、育成やアサインも人事ができると、タレマネからタフアサインメント、そこからサクセッションまで一直線で実現できたりします。

岡田:タレントマネジメント、サクセッションプランニングをミッションとして与えられている人事担当者は結構います。次世代経営者候補のプールにたくさん魚を泳がせるイメージですね。だけどよくよく聞いてみると、実際に大海に出ていくようなタフアサイメントまで、なかなか人事が経営と合意形成できなくて、やはりプール作りで終わっている。この点、何か秘策みたいなものはあるでしょうか?

瀬戸口:きっと、それがプロジェクトベースで外部に場を持つことだと思います。大企業になると候補の人も多いので全員に新規事業をアサインするのは難しいですし。プロジェクトベースだとうまくいかない場合1年で区切ることもやぶさかではないですから、そういう場をいかに持つかではないでしょうか。

岡田:今のところはすごく重要ですよね。せっかく作った人材プールの人たちに大海原に出てもらって泳いで筋肉をつけてもらいたい。それやっぱり自社内では無理なので、そこで越境が必要になってくると。

良い越境と悪い越境の違いとは

◆越境人材をイノベーター化、戦力化するには?

瀬戸口:越境先をどうするかも重要です。異業種交流型のプログラムは今までもあったんですが、結構うまくいかないことが多かったんですね。A社・B社・C社って3社が集まって取り組んでいこうとすると多少枠は広がるものの、A社さんの要望とB社さんの要望が合わない、出す人の水準が違う、など調整だけで疲弊してしまうんです。意味はありそうだけど何か割に合わない、良さげだけれども何か生まれたわけじゃないというプログラムは、過去我々もやりましたし、世の中に数多く存在します。

岡田:なるほど、多かったかもしれないです。

瀬戸口横顔の関係性が重要なんです。例えば、地方創生なら南相馬とか釜石とかの社会課題を向こう側に見て、A社・B社・C社が横並び、横関係になるのでうまくいきやすい。調整ではなく本質的なことに向き合っていける長所があります。

岡田横顔の関係というキーワード。もう少し解説し頂いてよろしいでしょうか。

瀬戸口:何と言うんでしょうか。育成というものは、得てして斜め上から斜め下の関係で行われると思うのです。知っている人が知らない人に、年長者が若年層に、経験豊富な人が新人にとか。これも大事ですが、そこに終始するとやはり学びが硬直化しがちなのです。教わる側は受動的になり、教える側はあぐらをかいてしまったりもする。僕も、個人的にそれは一番避けたいと思っています。
 椅子にすわって安楽なことを語っていてもその先に橋が架かっている時代でもありません。年齢が下、斜め下に見える人からも学び取れる力が大事だと思います。横顔の関係をキープするのは、今後の個人、企業が生存していく大前提だと思っています。

岡田:特に越境という状況では社内の序列、業界のパワーバランスが通じないことも多いでしょうし、横顔の関係性はかなり大事でしょうね。これ、ある種アンラーニングなのでしょうか。

瀬戸口:はい。教える側はどうしても無意識的に斜め上にいっちゃうようです。だからフラットに自然に横顔になれるような環境というのが、越境だと思います。

岡田:フラットに横顔になれる環境を企業の人事部が設定するとすれば、どのようなことができるのでしょうか?

瀬戸口:研修会などを開催するときに講師役が教える立場にもなる、講師役も共に学んでいくテーマにするといいと思います。私もTEXプログラムでファシリテーターをするのですが、たとえ何回も会って同じ話を聞いたことがある方のご意見でも、必ず毎回ホワイトボートに書いてメモをとって、それをカメラでヨーイドンで映して、視聴者にファシリテーター側も教えるだけでなく学んでいるという姿勢を見せるようにしています。

岡田:TEXプログラムの内容も簡単にご説明お願いします。これは人事担当者も参加できますか?

瀬戸口:先ほどの「地方創生×リーダー育成」の例だと、地方の場合、過疎化、産業の衰退、文化の消失とかいろいろな問題があるのですが、そこに立ち向かわれている地場企業やNGOの方たちって、理想や問題意識があって居ても立ってもいられずにやりたいからやっている、もっと地域を良くするために、というあり方で未来に向けて対峙されている方々なのです。そんな彼らと横顔の視点で地域の現状に向き合ったときに、自分はどうしたいと思うのか?という本当に価値観が揺さぶられるような問いがもらえます。お膳立てされていない学びがあるんです。
 問題に対しセクターを超えてチームで価値を生んでいくときには、巻き込み力、形にする力、内省する力など、ビジネスで必要な要素をフルに使うすごく凝縮された期間を過ごせます。人事の方ももちろん参加できますし、価値観が揺さぶられるような体験、そういう時間を得ることはすごく大事だと思います。

岡田:そして、価値観が揺さぶられて帰ってきた人材をイノベーションなり組織変革なりに結びつけるステップには何が必要でしょう。

瀬戸口:一つは仲間づくりです。石山先生の本に出てくる弱い紐帯(Weak Ties)です。プロジェクトが終わってもたまにどうしてる?というような関係性を保つ。我々も行っていますし、社内でも越境人材が増えれば可能だと思います。2つ目は、そこに定期的に何か刺激を与える。絆、友達関係、仲間関係だけだとビジネスはできないかもしれませんので。3つ目は先ほど申し上げた実装の場、キッカケを作ることです。自分で火がついて、放っておいても動く人もいるかもしれませんが、やはりキッカケがあった方が多くの人がバーストしやすいです。自社で実装できればベストで、足りなければ社外プロジェクトベースで実装できる選択肢を複数持って、次のステージとして送り込むとよいと思います。

岡田:我々の団体なんかもその辺のミッションを担わなければいけないでしょうね。セルムさんも。人事担当者も、そういう可燃人材をバーストさせるサードプレイスを戦略的に活用する思考に変えていかなければいけないかもしれません。越境で着火した人材の火が消えないように、時にはフーフー吹いてあげたり、定期的にガソリンを追加したり、そうしたサポートの仕方をイメージして人事部員が動くということですね。

瀬戸口:そうだと思います。越境も今は2段階になってきていて、5年前からTEXに人材を送っている会社さんなどは、そろそろ本当に実装するステージに行きたいとおっしゃっています。私たちも秋口から、TEXの4か月半の学びから、自社の文脈でCSV活動をするまでのプログラムをスタートする予定です。

岡田:越境学習がビジネスパーソンに定着したのが第1ステージ。そしていよいよ企業が越境を戦略的に取り組む第2ステージに入っている感じですね。それでは、最後に会員の人事担当者へのメッセージとご活動予定やPRをお願いします。

瀬戸口:越境の本質は、自分で楽しんで見聞きして触れていろいろな経験をして、そこで得たものをもどってから周囲に恩返し的に還元することだと思います。人事の方も越境学習はMustだから施策に盛り込もうというより、ぜひご自身でも越境体験を楽しんでから施策に向き合ってほしいです。TEXプログラムは9月からスタートして2月までなので、そのタイミングで22年度はどうだったみたいなお話ができますので、ご興味ある方はお気軽にお問合せください。
 まだローンチしていないのですが、「技術イノベーション×リーダー育成」もスタートします。地方が理系の大学研究室に変わりますが同じスキームです。研究開発、マーケティング、営業、購買などの人たちがA社さんから4人、B社さんから4人という感じで集まってシャッフルチームでバリューチェーンを回すことを仕掛けるイメージです。「X(エックス)×リーダー育成」のプログラムは進んでいきますので、ぜひ随時情報もキャッチしていただければと思います。

岡田:ありがとうございました。それでは以上で収録を終わります。

「越境人材」の戦力化とは