所謂「働かないおじさん問題」。コロナウイルス禍によるテレワーク、在宅勤務の浸透で、「働かないおじさん」問題が再燃していると言われます。日本の多くの企業は従来、「年功序列」が主流でした。90年代以降年齢に関係なく仕事ぶりを評価する「成果主義」が浸透し、多くの企業で人事評価制度改革が行われましたが、まだまだ年功序列要素を残す企業も多いのが現状です。勤続年数が長いほど給料が上がっていく企業では、「高い給料をもらっているのに仕事をしない働かないおじさんがいる」という声が聞かれます。また、昨今「45歳定年制」が議論されていますが、そこでも「働かないおじさん」は議論の焦点になっています。

 「働かないおじさん」に関する記事やネットの論調を見ていると、「高い給料をもらっていながら、成果が出せない(出そうとしない)本人が悪い」、「今まで放置してきて、急に手のひらを返した会社が悪い」、「その状況に対して何も言わない(言えない)上司や人事が悪い」など、社内での犯人捜しや、責任の所在の追求のみに注目した議論が多い気がしています。このままで良いのでしょうか?企業人事部門では何ができるのでしょうか?

 今回の特集1では、中高年のキャリアについての調査研究を行い、この分野のエキスパートであるパーソル総合研究所の小林 祐児さまにお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

ゲスト:パーソル総合研究所 上席主任研究員 小林 祐児 氏

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了 NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
パーソル総合研究所 上席主任研究員 小林 祐児 氏
早期退職時代のサバイバル術
転職学

「働かないおじさん問題」への処方箋 ~ミドルシニアに必要な変化適応力と対話~

岡田英之(編集部会):本日は、パーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児さまにお越しいただきました。今回はミドルシニア問題について、ご新著の『早期退職時代のサバイバル術』の内容、また本に書かれていないようなことも含めていろいろお聞きできればと思います。では、早速自己紹介をお願いします。

◆働かないおじさん問題は日本の伝統行事

小林祐児(パーソル総合研究所 上席主任研究員):私は、もともと大学院で理論社会学を研究しておりました。卒業後はNHK 放送文化研究所で世論調査スタッフとして勤務し、その後にマーケティングリサーチファームに5年間勤務し、1年に大体数百本の調査をしていました。6年半前くらいにパーソル総合研究所、その時点では、HITO総合研究所という名称でしたが、以来パーソル総合研究所にて調査研究をしています。
 ミドルシニアに関しては、6年程度前から法政の石山恒貴先生らと一緒に調査研究を続けております。他にもアンラーニングテレワーク女性活躍など人材マネジメントの重要テーマの調査を並行して行っています。特徴としては、大学教諭等と比べると専門が広く浅く、実務界のデリバリーのような面が非常にあります。実務に役立たない研究、論文のため研究はしないという感じです。もう少し学術貢献した方が良いような気もしてはいますが(笑)。

岡田:ありがとうございます。3月に上梓された『早期退職時代のサバイバル術』。拝読しましたが、まだ読んでいないみなさんに簡単に、イントロ的に、出版の背景、課題意識、ポイントなどをご紹介お願い致します。

小林:出版のきっかけは、私がシニアについて、石山先生との共著をはじめいろいろと書いていましたので、総決算的にまとめるということでお声がけいただきました。課題意識は、いわゆるミドルシニア問題、シニアの不活性化問題、パフォーマンスに対して処遇が高すぎる問題という、ある意味日本の伝統行事です。みなさんに言う必要もないと思いますけれども。日本の雇用は中高年弱いよね、中高年アキレス腱だよねって、数十年前から言われています。高度成長期ですらそうだったのです。要は働かないおじさん問題が再生産されてしまう構図がずっと変わってない。現在も非常に多くの相談を受けます。日本の老舗、中堅以上の企業でミドルシニア問題がない企業を私は知らないくらいです。

岡田:なるほど、なるほど。

小林:にもかかわらず、ミドルシニア問題でみなさんが思いつく施策って中高年が社外に転身することです。40歳定年制などの外部労働市場派解雇規制緩和派も含めて、転職が根づけば解決するという説。それが企業施策としては早期退職募集という名のリストラクチャリングを計画的に行います。それにより、人材マネジメントのコアの部分に手をつけないまま氷山の飛び出た部分だけを切ってきたのが、日本企業のこれまでだった訳です。

岡田:働かないおじさんは、氷山の飛び出た部分だったのですね。

小林:これまでの施策はリストラというハードな施策に依存しすぎています。また、「個人」の問題に矮小化されすぎている。そこでキャリア自律、プロティアンキャリアとか、自分でキャリアを開拓しましょうという、いわゆる啓発系キャリア論が、最近労働者からも、企業からもすごく発せられている。しかし、こうした言説は、「個人」の「自己啓発」になってしまうがゆえに、構造自体を変えようとする人が少なくなるという問題点があります。働かないおじさん問題の一番マズイ点、建設的でない点は、単なる「お説教」の言説が多すぎる点です。そんなこと言われて変わる人ってこの世にいますか?といつも思います。この本の問題意識は、、この再生産構造を今後どうしますか?です。構造的かつ社会的、歴史的に蓄積されてきた問題です。そもそも人材マネジメント側が変わる気がないことが、変わらないおじさんたちを再生産し続けている。そろそろ変えましょうと。変える手段、仕掛け、メソッド自体は突拍子もないことではなく、各企業すでに持っているものも多い。それをきちんと有機的につなげていきましょうというメッセージです。

働かないおじさん問題の核心とは

◆42.5歳でモチベーションが下がる日本の人材マネジメント

岡田:働かないおじさん問題は、起こっては消え起こっては消えています。この問題を構造的な観点から捉え直すと著書にも書いておられますが、少しご解説いただきたいです。

小林:一つは日本企業の出世構造です。日本では40歳ちょっとで出世意欲を持つ人が少数派になります。国際調査を見ると、出世エンジンの限界が日本は42.5歳位。日本と同じくらい長期雇用のドイツが11年、アメリカが9年です。日本の人材マネジメント構造の特徴は、この広くて長い昇進レースです。平等主義的競争主義と呼んでいますが、頑張れば役員や社長にまでなれる道が、みんなに大きく開かれている。

岡田:まだ君には昇進のチャンスがあると言い続ける遅い選抜は、日本型雇用の特徴ですね。

小林:諸外国は、もっとエリート主義的です。どの大学出身でも同じ出世コースなんてことは日本くらいです。アメリカはMBA(経営学修士)を 取得いない役員はありえないような話になってきています。どちらが良い悪いではないのですがやっぱり副作用があります。日本の場合、出世への意欲があまりにも長く続くので、40歳前半で出世エンジンにガタがくると、それ以外のモチベーションの在り方を想像できない、という状態になります。
 学びについても、私はよく日本は「予習できない」キャリアだという言い方をしますが、2~3年後に職種も住む場所も変わる可能性があります。そうであるなら、学習行動も配属後OJT で覚えるほうが合理的です。計画的なキャリアが描きにくいので学びが職場に偏り、職業的なエンゲージメントがなかなか育たない。論点はミドルシニアのモチベーションの「無さ」ではなく、モチベーションの型の種類が少なすぎることです。出世というモチベーション以外を知らない中高年を、再生産し続けているのです。

岡田:ミドルになってようやく自分が出世コースに乗っているかが分かる。でも現実はそこからが長い。65歳、70歳と働く期間が伸びる中、企業に塩漬けになる。では40歳までの人事システムにメスを入れるということですか。今までのセカンドキャリア支援研修は、これまでのお話だと単純にタイミングが遅いですね。

小林:遅すぎます。日本企業は、新人教育に研修トレーニングのリソースを圧倒的につぎ込みます。あとは階層別研修。ここで乗らなかった人たちは研修にまったく呼ばれなくなり、長い非研修期間があって次に呼ばれるのが50歳のセカンドキャリア研修です。だから久々に受ける研修が引退モードか、しがみつきを促進します。要は、彼らは人的資本として見られていなかったわけです。ある程度の年齢を過ぎた人間が育成対象外になるのが、新人に手厚い日本の研修トレーニングの副作用です。

岡田:非常に興味深い。人事がこの非研修期間をどうするか考える際、何かヒントはございますか?

小林:私が鍵としてフォーカスしているのが変化適応力です。変化適応力とは、正確に言えば会社が変わっても、ビジネスが変わっても、環境が変わっても自分はうまくやっていけるという、まだ来ない未来の変化に対する効力感です。心理的資本のひとつだろうと思います。
 今回は、内向きの効力感(社内活躍への効力感)と、外向きの効力感(変化適応力)の影響力を分析しました。すると変化適応力を持っているミドルシニアのほうが、やはりパフォーマンスを出している。学んでもいたし職域が変わることにも積極的でした。面白いことに20代のうちは両方とも有効なんです。先程の平等主義的競争主義のヨーイドン!の出世における自己効力感も、変化への効力感と同じくらい効いているんです。でも30代になると社内活躍への効力感は影響度合いがガクっと減ります。 変化適応力をブレイクダウンすると、「目標を随時立てて達成していく志向性」、「トライアンドエラーをしていく挑戦意欲」、「興味の柔軟性」となりますが、この各心理要素に人事施策がどう効いているかも分析しました。
 シニアの教育研修支援が手厚いほど全般にプラスです。逆に言えば、先程の教育訓練からの放ったらかし状態は変化適応力を下げる方向に作用していました。専門エキスパート職にすると処遇はわかりやすくなりますが、現状維持の志向性を助長します。安定雇用、終身雇用的な人事管理は、興味の柔軟性を下げる傾向が見られました。

岡田:面白いですね。

小林:もう一つの鍵が対話です。キャリアについて人と話している経験が多いほど、変化適応力が高い。有効な相談先は上司、キャリアアドバイザー、仕事関係の知人。スパイシーなことも含めて客観的意見をもらえる相談だけが、変化適応力と紐づいていたのです。逆にダメなのは正解を教えてもらう、いわゆるティーチング的な相談。面白いのは共感もマイナスに作用します。そうだよね、わかるよ、大変だよね~となるパターンです。

「変化適応力」、「対話」の重要性

◆変化適応力を高めるナラティブアプローチとは?

小林:自分のキャリアについて客観的かつ自己開示して話すことが必要ですが、40歳を超えると人に腹を割って話もしなくなるし、交友範囲も狭くなります。そもそも日本人は初めて合う人を信頼しない。国際調査でも81か国中77位と全く他者を信頼しません。知人への信頼ならもっと順位が上がるんですが、知り合いと他者とのギャップが大きいのです。
 放っておいても友人関係が減るだけの国で、圧倒的に孤独な人が多い。だから、キャリアについての対話の機会提供は企業側がやるしかないのです。。よくキャリア論の文脈でWill Can、Mustの話が出てきますがほとんどの人がWillをもっていないのが問題なのです。キャリアアンカーで自己を掘り起こしなさいという方向もありますが、それでも見つからない人がほとんどでしょう。だから、私は人と対話することが一番の近道だと思っています。そこで参考になるのが、ナラティブアプローチの考え方です。

岡田:面白いデータです。ナラティブアプローチについて簡単にご説明頂けますか?

小林:コミュニケーションは、意志やメッセージがあって、それを話すという考え方が一般的ですが、ナラティブアプローチは話すことによって話すことが作られる、語ることによって語るべきことが創られ作られていく、という社会構成主義的な考え方です。自己開示されたら、人は自己開示し返さなくてはいけなくなる。修学旅行のベッドで好きな人を告げられた子は、次に、お前は誰が好きなんだよと聞かれる。こうした、モノローグとは違う相互の規範性が発生するのが対話の場です。これがナラティブアプローチのポイントであり、対話というものが新たなものを生み出していく圧倒的な力だと思います。私自身、取材を受けているときや人と議論しているとき、良い言い回しやアイデアを思いつくことが多々ありますね。

岡田:一方で、内面に閉じてしまっている人には、ハードルが高そうですね。

小林:高いです。そういう意味で会社、人事がプレーヤーになって対話の機会をある種強制的に作っていくことが望ましいです。人材業界では結構実践している企業があって、キャリアデザイン研修などをミドルシニアにもずっと実施している会社もあります。ただ、全体を見ればそういう仕組みがほぼない企業が大半です。この対話機会の拡充が起きないと、日本人が何かしらのWill(意志)をもって仕事をし、学び、変化適応力が下がらないようにするのは難しいだろうと思います。自然解消もしないので、ここが一番変えるべきところだと思います。

岡田:眠っている人材をもう1回起こして、リメイクする促進剤にキャリアコンサルティングが有効。このあたりキャリコン側もうまく伝えきれていないのでしょうか。

小林:伝えきれていません。いまのキャリアコンサルティングの多くは、「問題が起きたときの駆け込み寺」になってしまいがちです。定常型で、問題が起こってないときにも強制的に対話の機会を作る、何話すのですかと言われようがとにかく話すことが大事です。

岡田:著書では住宅施策も出てきました。人事も昭和の時代とは異なって、現在は、個人のライフにあまり介入しないところがあるようですが、考えてみれば住宅は子育て、介護、結婚などで仕事に複雑にからんできますし、生産性にも影響する。やはり令和型のライフサポートをどうデザインするか考えないといけないようですね。

小林:ライフにどこまで介入するかは、どの企業さんも悩まれています。でもよく考えると、長時間労働、単身赴任、転勤とかで、これまでもずっとライフに介入し続けてきたんです。ライフとワークをきっちり分ける価値観自体も揺らぎ始めていますし、ある程度思い切って介入していかないと、特に女性活躍については話が進みませんと、よくお話しさせていただいています。

ナラティブアプローチとは?

◆人事担当者へのメッセージ

岡田:外部のセミナーなどで勉強しても、それを会社に持ち帰って、意見具申や具体的なアクションにつなげられないと悩む人事部員たちが多いのですが、何かメッセージをお願いします。

小林:すべてに言えることですが、セミナーやインサイトで勉強した人たちが企業で中を動かせるかどうかが重要です。調査して変数として有効だったのは、「どれだけビジョンを語れるか」でした。ミドルシニア問題も、本当に解決したいと人事というかあなたが思っているかどうかです。
 人という資本に関しては、最後はある種の「理想論」が必要なんです。若い人だけを育成対象として、年をとったらもう人は伸びないと思うのか、人は歳をとっても変われるし、変わらなきゃいけないし、そういう社員を育てなければいけないと思うのか?こうした発想は、機能的な発想よりももう「理想」をどこに置くのかという問題です。ビジョンと理想をどこまで語れるかにかかっていると思いますし、実際に調査分析してみても、会社を動かせる人事にはそのあたりが重要だったんです。
 人事の仕事は、トップの人材に対しての意識改革をいかになしとげるかだと思います。最近私は、小林さんから言ってくださいとよく駆り出されますが、そこで私だけ喋って人事が黙っていてもダメなのです。コンサルのセミナーやインサイトで学んでも、自社でどうするかは埋まらないのです。ここを埋められない人が非常に多い。何のためにやるのかという論理とビジョンをもって語れないから嫌がられるのです。ビジョンが欠如しているので、副業解禁、公募型異動、タレントマネジメントシステムの導入など、個別制度のコピペばかりになります。
 最近は大きな一枚絵をパワポで作って、このまま使ってくださいと渡しています。最終的に提案しているのは対話をベースとしたジョブマッチングです。私は、熱意と論理をいかに人事部が鍛え上げられるかが、戦略人事などのスローガンよりも重要だと思います。ぜひ論理と理念、想いのようなものを鍛え上げていってほしいです。

岡田:すごく共感します。ご相談ですが、人事が学んできたことを社内に活かすそこのつなぎのところ、小林さまに協会の講座とかプログラム開発をお願いすることは可能しょうか。人事部も変わらなきゃいけないような話は私たちもかなり発信していますが、OS、フォーマットが少し古いようです。アカデミックとプラクティスをブリッジ(架橋)すると、口で言うのは簡単でも結局できていない。どちらか一方に偏りがちです。

小林:全然大丈夫ですよ。つなぐところですね。仕事って個別の対応はあるしいろいろ降ってくるじゃないですか。でも、そういうことばかり繰り返していると、新しいものに変えるときの型ができないし、経営と話せないのです。普段から経営と話していない人がいきなり提案書を持っていっても、まあ経営側も聞かないですよね。

岡田:ありがとうございます。それでは、最後に今後のご活動予定、PRなどをお願い致します。

小林:今日ご紹介いただいた著祖をまず多くの皆さんにお手に取って頂きたいです。

岡田:非常に良い著書でした。タイトルは、一瞬えっ!と思いましたけど中身は充実し、多くの示唆に富んでいます。住宅の話などは、多分人事関係のみなさんにはなかった視点です。では、以上で収録を終ります。本日はありがとうございました。