今後も加速が予想される少子化と生産年齢人口の減少が進む中で、女性の活躍の更なる推進は喫緊の課題です。各国の男女格差を数値化したジェンダーギャップ指数については、多くの皆さんが関心を持っているのではないでしょうか。スイス非営利財団世界経済フォーラムが2006年から毎年発表しています。2022年の日本は、146か国中116位という結果でした。前回と比較すると、スコア、順位ともに、ほぼ横ばいとなっており、先進国の中で最低レベル、アジア諸国の中で韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果となりました。女性の更なる活躍を実現するためには、意識改革や環境整備が不十分な状況かと思われます。

 このような中、今回の特集3では、「女性自衛官」に注目します。圧倒的に男性が多く、「男性的」な構造が色濃く反映された組織だと評される自衛隊。そこには、未だ8%未満と超マイノリティである女性自衛官の存在があります。不測の事態には我が子より国の任務を優先することが求められる過酷な実態。子どもに「何かあったらママはいなくなるから」と伝え、命を投げ出す覚悟もしている女性自衛官も存在すると言われます。仕事と子育ての両立場面で、多くの葛藤を抱えながらもポジティブに任務に取り組む女性自衛官の清々しい姿。女性が活躍できる職場が拡大していく中で、自衛隊組織を通じて垣間見えるキャリア観とは?

(編集長:岡田英之)

ゲスト:防衛省職員(現在、内閣府出向中) 上野 友子 氏

東京都生まれ。2011年、防衛省に防衛事務官として入省(現在、内閣府出向中)。2020年、法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修士課程修了。国家資格キャリアコンサルタント。
女性自衛官

「女性自衛官」というキャリア
~「男性的」構造が反映された組織でのキャリア自律とは~

岡田英之(編集部会):本日は3月に『女性自衛官』という新書を上梓された、上野友子さんをお招きして収録させていただきます。それではまず上野さんのキャリア、ご経歴、現在どのような分野に関心をお持ちなのかなど、自己紹介をお願いできればと思います。

◆『女性自衛官~キャリア、自分らしさと任務遂行』を出版した理由

上野友子(内閣官房 内閣人事局):私は、平成23年に防衛省に採用されました。まず勤務経歴ですけれども、航空自衛隊、その後本省の人事、政務秘書官室、女性活躍・ワークライフバランスを推進する部署などにおりました。防衛省から内閣府に2年間出向する機会がありまして、今現在は、内閣官房の内閣人事局において人材育成を担当しています。
 関心領域は本とも重なるのですけれども、専門的なことは言えないのですが、自分らしく生きること、自律的なキャリアというものに常に関心を持っています。もともと自分のモットーみたいなものが“働くことは生きること”という思いなのです。
 働くというのは労働法規上の対価を得ることだけを指すのではなくて、「働き」や「役割(role)」を意味していて、「働き」があればみんないきいきと笑顔でいることができると思っていますし、そういう社会を作るにはどうすれば良いのだろうと考えることが好きですし、皆がそうなるといいな、という思いが私の中にあります。

岡田:ありがとうございます、自律的に自分らしく働く人が世の中にあふれて、大多数の人がそうなれば世の中的にもハッピーだと。上野さんは日々そういうことを考えつつご自身も歩みを進めているのでしょうね。では、続いてご著書の『女性自衛官』。私は3回読みましたが、エピソードが豊富ですごく臨場感のある内容でした。この本を出されるきっかけ、課題意識からお話しいただけますでしょうか。

上野:まず自衛官と言ったら、みなさん男性の自衛官を思い浮かべると思います。私は2年程自衛隊で勤務したことがありますけれども、輝く女性自衛官がこんなにもたくさんいるのに、まだまだ世に全然知られていないな、男社会というイメージが強いな、と課題に思っておりました。
 最近は、自衛隊のドラマがあったり、テレビで特集されたりするようになり、以前よりも自衛隊を知ることができ、身近に感じられるようになったと思いますが、自衛官の任務に関する内容がメインとなりますので、もっと、女性自衛官の存在や、仕事の中身だけではなく、プライベートのこととか、キャリアに対する意識なども知ってほしいと思ったのです。
 出版の背景ですが、実はこの本は私が法政大学の社会人大学院に通ったときの修士論文をもとに書いています。本を出すことなどはまったく考えていなかったのですが、指導教授の武石恵美子先生が「もっと、この女性自衛官の声を広められたらいいよね」とおっしゃってくださって、嬉しくて私も書籍の執筆を頑張ろうという気持ちになりました。その後、武石先生が出版社さんと話をつけてくださり、出版にいたったという経緯になります。

岡田:そうだったのですね。最近は社会人大学院で学び直しをする方が、男女や年齢問わず増えています。上野さんはどういった動機で、法政大学社会人大学に通われたのでしょうか?

上野:防衛省で女性活躍・ワークライフバランス推進の担当部署にいたときに、意識啓発のために自衛隊の部隊も含めた全国で有識者の方をお招きして講演会を開催しており、そのとき、武石先生にご講演をお願いしたのです。
 実はそのころ私は、女性活躍推進を担当してはいたものの、女性自衛官の本音をよく理解できていないのではないかという葛藤がありました。もっと役に立てるようになりたい反面どうすれば組織の女性活躍・ワークライフバランスの推進に貢献できるのかわからなくて悩んでいたときに、武石先生から法政大学大学院は女性の活躍等に関する研究をしている講師も多いのでいろいろなことを学べるとお聞きし、まず、自分自身がアカデミックな観点から学んで、自分なりに課題を明確化して、組織に貢献できるようになりたいと思い、入学をきめました。

岡田:2年間、ご家庭と仕事を両立しながら大学院で勉強するのは、かなりハードスケジュールだったと思うのですが、大学院の学び、リカレント教育で一番良かったのはどんなことでしょうか?

上野:そうですね、様々な世界を知ることができることではないでしょうか。本当に両立は大変で、家庭にも職場にもすごい迷惑をかけましたし、自分も忙しすぎて半分記憶がないくらいなのですけれども、それ以上に「学ぶ」ことの楽しさが上回っていたので、頑張ることができたと思います。何より周りの助けがあって卒業することができたので、心から感謝しています。

◆階級型組織のメリット、女性が働きやすい理由とは

岡田:よくメディアで防衛大学校の卒業式に制服を着た学生が帽子を投げるシーンを目にします。私も含め一般人にとって、自衛隊組織はすごくマッチョなイメージがあるのですが、まず自衛隊ってどんな組織かをご説明いただいてよろしいですか?

上野:修士論文で私が自衛隊の特徴として挙あげた点が5つあります。先に申し上げますと、「戦闘組織」「階級社会」「即応態勢組織」「自己完結型組織」「ジェンダー構造」です。

岡田:この即応態勢組織は、私たちにとって新鮮なワードです。もう少しご説明いだきたいです。

上野即応態勢とは、自衛隊では当たり前の用語ですが、突発的な事態にすぐ対応することができるように態勢を整えておくことです。医療の世界や IT関連等 のシステムダウンなど、様々な現場において色々な種類の緊急事態はあると思うのですが、自衛隊は国防を担っていますので、地震や予測できない突発的なことに即対応するのが大前提です。極論すると、国家的な緊急事態、つまり、国家存立の危機になった際に最前線に立つ存在であるので、そういった点がやはり民間企業と異なる点だと思います。
 自衛官の皆さんは、自分より任務を優先しますとか、地震があって災害派遣に行くときに、ゴメンいつ帰ってくるかわからないからと家族に言うとか、命をかけて国をまもる覚悟をしています、ということをインタビューの中でさらりと言うのです。そういう言葉が自然に出てくるところもまた、民間企業と違うのかなと思います。

岡田:いつ何時、災害も含めて国難が襲ってくるかわからない。明日、それこそ5分後に行くこともある。この即応体制という働き方のマインドセットは、入隊すると自然と醸成されるのでしょうか?

上野:そうですね、幹部候補生学校に入校していろいろ教育もされますし、それだけではなくて日々の仕事をしていく中で、国を守るという国防に対する意識がどんどん醸成されるのだと思います。

岡田:自衛隊の特徴に「階級社会」も入っています。本にも防衛省や自衛隊組織がヒエラルキー組織だからこその様々な長所が出てくるのですけれども、このあたりもお話いただけますか。

上野:自衛隊が階級社会であるメリットは、大きく2つあると思っています。一つは階級によって職責が異なることで、例えば、1佐には1佐として、隊長には隊長としての証が、肩につく階級章とともに明白になることです。
 もう一つ、女性自衛官に特化すると、やはり女性は舐められることもある中で、職責による階級によって部下に命令ができます。例えば、私は1佐という職責があるからあなたに命じているのですよ、ということができるのは、ある意味性別というファクターを取り払っているのですね。受け手も、女に命令されたからいやだよ、ということがなくなるので、そういう点も実はメリットであったというのが、今回の発見でもありました。

岡田:民間企業の場合、俺は部長だと言っている割に大して仕事ができないことも少なからずあるのですが、自衛隊の場合はポジションと役割、ロールがしっかりとリンク、一致していて、ポジションパワーが正統性を帯びているのですね。このおじさん何?という人はいないのでしょうね。

上野:自衛隊はそうだと思います。推測ですが、おそらく、軍事組織なので脈々とそういうものが受け継がれていると思います。特に指揮官等になると、部下の命をすべて預かるわけですから、そこに変なおじさんいたら困りますので、役職と役割はしっかり結びついていると思います。

◆昇格基準、ワークライフバランス、キャリア上の葛藤

岡田:階級を任命する基準はどうなっているのでしょうか。例えば、将来の幹部自衛官として、幹部候補生学校に入校すると、経験を積んで年数を経て自動昇格していくのか、あるいはいつまでも昇格できない人もいるのか、昇格には何か試験、論文を書いたり面接があったりするのでしょうか?

上野:幹部自衛官になって、大体3佐くらいまでは年次的に上がっていくのですけれども、さらに上に行くには選考や選抜というプロセスがありまして、それらをパスして階級が高くなっていく、というのがざっくりしたイメージです。試験については、面接や論文があると聞いています。

岡田:これから自衛隊、防衛省で働いてみたい女性もいると思うのですが、女性が働きやすい環境という観点ではどのような特徴があるのでしょうか。特別な制度はないですが結構女性に優しいですとか、良い意味で男女差別がないフラットな組織ですとか、上野さんの感想で結構です。

上野:結論的には、フラットだと思いますね。両立支援制度も国家公務員とほぼ同じなので、私も女性自衛官も民間企業さんよりむしろ恵まれているのではないかという認識です。努力も必要にはなりますが、仕事と育児を両立させることもできると思います。
 それと、やはり実力社会です。自衛隊は技術をもってして働くところなので、だからこそ男女平等。逆に男女で異なる基準を設けたら国防を担えないと思うのです。なので、そういった部分に女性自衛官が異議を唱えることはなく、むしろ当然だと認識していますし、自分が頑張れば頑張った分だけ認めてもらえる組織だと思います。

岡田:女性だからといって、下駄を履かせるような施策とかそういうのは一切ないようですね。まさに本当の意味でのダイバシティで、良い意味で性別は気にせずに働けますよということなのですね。

上野:そうですね。あと女性が少ないからこそ、女性が輝くという視点もあると思います。私も女性自衛官の方も、「女性」を特別扱いされるのは正直違うのではないか、と思うことがあるのです。しかしながら、今の時代は前向きな意味であえて女性に目をかけなければいけない部分もありますし、女性だからこそできることも沢山あります。
 例えば、災害等の被災者が女性、子ども、お年寄りだったときには、女性自衛官の方が男性に比べて相手の懐にスムーズに入っていきやすかったり、国際的な活動の要請の際にも、女性を派遣してくださいというニーズがあったりするんですね。自衛隊においては、実は性別を取り払って働くことができますし、男性社会の中に女性の視点や、新しい風を送り込めるという意味で非常に有用な存在になれると思いますので、就職先にもおススメです。

岡田:著書に、女性自衛官がライフとワークを両立しようとするときのいろいろな葛藤も出てきます。みなさん、その葛藤をどのように乗り越えて対処してきたのでしょうか?

上野:女性自衛官の方は、自衛官であることにすごくアイデンティティを持っているので、自衛官としての自分と、母親としての自分という役割を果たせていないと感じるときなどに、ものすごい葛藤を感じていると思いました。ただみなさん、すごく等身大の自分を理解されているのです。つまり、自己理解ができている。家庭の事情等によって働く時間に限りがあったりすると、つい目先のことをこなすことで精一杯になってしまうと思います。だけど、インタビューさせていただいた女性自衛官のみなさんは、将来的にこんなことをやってみたいけど、今の自分はここまでだったらできる、今はできなくてもいつかはできると、すごく冷静に自らの気持ちと状況を未来軸を意識しながら把握されているので、仕事も育児も柔軟に対応できるのだと思います。女性自衛官の方に、大切にしていることは何ですかと聞くと、自衛官であることですって、当たり前のように口をそろえて言うのです。もうなんて言えばいいのでしょうか、指先からつま先まで、自分らしさがありつつも自衛官なのです。

岡田アイデンティフィケーションロイヤリティにもすごく強烈な熱いものを感じました。一方なぜ自衛隊員になったのですかというところでは、おじさんが自衛隊だったとか、たまたま防衛大学に入ったとか偶然性が高い。この部分何なのかなと感じました。自衛隊を見ていると別に刷り込み教育をしているだけじゃない気がするのです。特に幹部候補生ですが、強い求心力、組織に対するコミットメントをどうやって醸成しているのか、お聞きしてみたいと思ったのです。

上野:幹部候補生学校での教育と日々の業務で醸成されていくのだと思います。服務の宣誓で、「危険を顧みず、…国民の負託にこたえる」と誓って入隊していますし、やはり、実際に事が起こっているからだと思うのです。日本の領海や領空において、不測の事態に対応するなど、実際に国民の目に触れないところで様々な活動をしているので、組織の任務(国防)を他人事とは思えないからだと思います。

岡田:何かあったときには自分が助ける、貢献への使命感、パッションが強い方々なのでしょうね。

上野:そうですね。使命感、責任感もキーワードだと思いますし、そういったものを元々持っていなかったとしても、自衛隊という任務の特性がチームで遂行することなので、結果的にみんな身についていくのだと思います。一人が技能を身につけて得意なことで一等賞を取れても、それだけでは国民の役に立てないといいますか、例えば、一人の力で戦闘車を動かせたり戦闘機を飛ばせるわけではないので、そこはやはりチーム力がモノを言います。チームで戦うことが前提の組織だからこそ、芽生えるのだと思います。

■人事担当者へのメッセージ

岡田:最後に日本人材マネジメント協会の会員、主に民間企業の人事担当の方なのですが、上野さんから何かメッセージをいただけないでしょうか。

上野:私、民間企業の方の取組などを講演等で伺うと、いつもすごいなと思います。DXやパーパス経営など、公務組織より何十年も先を進んでいるように思いますので、私たちってすごく古いなあなんて思いながらいつも勉強させていただいています。
 メッセージとしては、今は変化の激しいVUCAの時代、とよく言われますけど、実は変化は「常」だと思うのです。何が起きるかわからないというのは今に限ったことではなくて、いつ何時何が起きるかわからなからこそ、自分軸を持って、自分というのは何だろうと立ち返るときだと思っています。
 持論ですけれども、どんな人も自問自答し続けて欲しい、周囲に振り回されない自分であって欲しいと思います。何をやりたいかよりも、どうありたいかを常に考えられる人が増えることを願っています。きっと「ありたい自分」は何かしら貢献できる自分の成長につながると思うのです。また、そういう個人を認められる組織風土であってほしいです。個を大切にするマネジメントは非常に難しいと思うのですけれども、民間企業では人材を大事に考えていると感じていますので、これからも個人の自分らしさを活かしながら、組織の要求と調和させていくマネジメントに期待をしています。また、個人の「意味付け力」も大事だと思います。目の前の仕事にはどのような意味があり、どうすればより社会や未来をよくすることに貢献できるのか、ということを主体的に考え、自らと組織のミッションを紐づける努力も必要であると考えています。
 働き方としては、テレワークの推進等により、以前より直接的なコミュニケーションが難しい部分もありますが、情熱や心の炎は、いかなる手段でも伝えられると思うので、困難に直面してもすぐに諦めない情熱を持ち続けることが大事だと思いますし、また、興味を持ったことは越境してみると、想像していないところで様々なものが繋がっていると実感できると思うので、一つのことにとらわれずいろいろな経験をして、新しい世界を見つけて楽しんでいけたらよいと思います。

岡田:ありがとうございます。今後のご予定、今後チャレンジしたいことなどもお願いします。

上野:予定というより、この本の出版に当たり皆様にお伝えしたいこととして、「感謝」です。ここに至るには、女性自衛官の方、武石先生、職場や家族など、多くの周囲の方に理解をいただいたおかげなので、大学院時代を通じて「ありがとう」ということを一番に伝えたいです。そしてこれからも、学び続けていきたいと思います。

岡田:ありがとうございました。それでは、以上で収録を終わります。


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