パラレルキャリアという言葉が世の中に浸透してきました。誰しも自分の個性を活かし、ライフスタイルに応じて自分らしく働きたい願望を持っていると思います。某人材会社の調査では、ビジネスパーソンの約7割が「本業以外にも第2の仕事・活動をしたい」と回答しています。勿論パラレルキャリアを実現しようとするといくつかの乗り越えなければならない壁(現実)が立ち塞がるものですが、ビジネスパーソンの関心は高まっているようです。

 法政大学大学院 石山恒貴教授によると、最近ではパラレルキャリアを社員に推奨する企業も増えているとのこと。また、企業の勤務者だけでなく、フリーランスとして活躍している人々の間にも、パラレルキャリアは広がっているようです。

 パラレルキャリアに関連して、サードプレイスと呼ばれる、家庭(第1の場)でも職場(第2の場)でもない第3の居心地よい場所についても関心が高まっています。

 今回のぶらり企業探訪では、パラレルキャリアの実践者であり、スタートアップ企業の支援により経済の活性化に貢献する株式会社ファインディールズ 代表取締役の村上茂久さまにお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

村上 茂久 氏

ゲスト:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授 村上 茂久 氏

株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社 CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。

決算書ナゾトキトレーニング

理想的なパラレルキャリアとは~銀行員(バンカー)からの転身で実現した夢~

岡田英之(編集部会):本日は、株式会社ファインディールズ代表取締役、そしてGOB Incubation Partners株式会社のCFO、iU(情報経営イノベーション専門職大学)客員教授の村上茂久さんにお越しいただいております。2021年には、『決算書ナゾトキトレーニング』を上梓されました。私たちは人事の団体でファイナンスは門外漢の人が多いのですが、人事といっても数字が全くわからないとなかなか難しいので、そのあたりからお話をお聞きしたいと思います。まず、簡単に村上さんの自己紹介をお願いします。

◆新生銀行からパラレルキャリアの道へ

村上 茂久(株式会社ファインディールズ 代表取締役):改めまして村上と申します。私は、大学と大学院で経済学を専攻していました。もともとは研究者になりたいという夢があったのですけれども、研究者はちょっと難しいなと感じ、大学院を修了したあとは2006年に新卒で新生銀行に入り、新生銀行では2018年まで約12年、ストラクチャードファイナンス業務というくくりの中で証券化、不動産投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資など幅広い業務に携わってきました。
 また、個人で2009年からFEDという読書会を続けておりまして、お知り合いが増えたりNPO の支援をする機会をいただいたり、10年間で社内外にいろいろな学びがあること発見しました。そういった学びをさらに進めるということで2018年に新生銀行を退職し、GOB Incubation Partners株式会社のCFOに就任。同時に個人事業主としてスタートアップや地方の中小企業の財務支援を始め、その後、2021年にファインディールズという会社を創業しました。おもに2つの事業があり、スタートアップや地方企業などへの財務コンサルティングと、もう一つがメディア事業です。ビジネスインサイダーをはじめ複数メディアに寄稿しています。最近では会計、ファイナンス、ESGなどの研修用動画の原稿作成もしています。

岡田:ありがとうございます。非常に多岐にわたるパラレルキャリア、と申し上げていいのでしょうか。ご活躍されておられますね。早速ですが、こちらの『決算書ナゾトキトレーニング』。いま書店で絶賛発売中です。簡単にどのような内容かご紹介をお願い致します。

村上:タイトルどおり謎解きの本で、対話形式になっています。宮田さんという先輩に中村さんという後輩が質問を投げていくストーリーで、エンタメというコンセプトで楽しく学べるように書いています。もう一つの特徴は、大手企業だけではなくメルカリ、Slackなど、なるべく最近の企業事例も扱ったことです。メルカリが一番わかりやすいのですが、5期連続赤字なのに時価総額は1兆円を超えている(2021年9月時点)。これどういうことなんだろう? と謎解きしていくかたちですね。読者から「会計ファイナンスだけではなく、ビジネスモデルの本」と感想をいただくのですが、こんなビジネスモデルだからこんな会計のアウトプットが出てくる…とわかりやすく解説しています。あとESG投資の事例でエーザイを扱ったのですが、こちらも評判が良かったです。

岡田:良いですね。私もSlackなどスタートアップベンチャーのHPなどを見ても、何をどうして儲けているのかなかなかわからないのですが、そのあたりを謎解きしてくださっているのですね。新書なので990円と比較的購入しやすい。この本は、どのようなきっかけで出版されたのですか?

村上:実は、本の内容の半分はビジネスインサイダーの連載記事です。もう62記事くらい書いているんですが、出版社の編集の方から「村上さんの記事は謎解きしているようで面白いので、謎解きトレーニングみたいなタイトルで本を書けないですか?」と、コンセプトをいただいたのがきっかけです。

岡田:良い出会いがあったようですね。ビジネスインサイダーで検索すれば一般の方も読めるのでしょうか?

村上:読めるんですけど、私の記事は有料記事で、無料部分が最初にあってある一点を超えると有料になります。本には入れていないんですけれども、個人的にはテスラとかNetflixの記事は好きですね。

銀行員(バンカー)からパラレルキャリアへ

◆フリーランスは隣の芝生。Willがないときつい

岡田:今日は、村上さんのキャリアについてお話いただける範囲でご披露いただければと思います。これまでにいろいろな転機、勝負時、あるいは辛かった時期などあったと思うんですが、いかがでしょうか。

村上:一番大きかったのは、2017年にみずほ学術振興財団の懸賞論文に「日本の財政政策」というテーマで応募したことですね。日本の財政の問題の多くは社会保障費が大きいことです。しかも少子化です。これを解決するのは、「パラレルキャリアの推奨」「定年制度の年齢の引き下げ」の2つだ、という内容を書いた結果、入賞をして3等をいただきました。 また、ちょうど2017年前後のタイミングで、リンダ・グラットンさんの『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』が出て、人生100年時代になると言われていました。当時僕は36歳だったんですが、まだ倍以上もあり、長いなと思いましたね。銀行は定年が早いので、仮に50歳前後で役職定年になっても75歳まで働くとしてまだ25年ある。50歳でリスクをとるのは転職しかない…。なら早い時期にリスクをとって自分の可能性を模索してみようと思いました。論文でパラレルキャリアを主張するなら自ら体験すべきだという思いもあって、妻とも相談して翌年に銀行を辞めたのが、非常に大きな転機でしたね。

岡田:自身の働き方をまさにライフ・シフトされたのですね。おっしゃるように人生100年時代と言われて、今は若いうちに獲得したスキル1本では長く働けない。リスキリングが大事だと言われます。このあたりはどうお考えですか?

村上:必要だと感じています。僕もこれから40年どう働いていこうかと思ったときに、40年前を振り返ってみたんですね。すなわち2018年(当時)の40年前は、1978年で、インターネットも、メールも、Wordもない世界です。なら一体向こう40年はどれだけ変わるんだろうと感じました。これを怖いと捉えるか楽しみと捉えるかですが、僕はポジティブに捉えることができました。いろいろ新しいことを学びたいし、大学院にも再度行きたいなと思っています。

岡田:学びたい気持ちはあるものの、子育て世代で家庭も忙しくて、学ぶ時間がとれずに悶々としているビジネスマンに何かアドバイスをいただけませんか?

村上:一番おすすめは、自分で勉強会を開催することですね。責任者としてやらざるをえなくなります。勉強会は自分が専門家じゃなくても開けるんです。詳しい方をお呼びして。僕も意志はそう強くありません。1人では挫折してしまうので、2~3人とかで小さく始めて学んでいく方法があると思います。

岡田:そうすると、みなさんが参加するから中止するわけにもいかない。なかなか自分で習慣化するっていうのは大変なので、フレームを生活の中にはめ込んでしまうのですか。

村上:そうなんですよ(笑)。締め切り効果を使うんです。あとはやっぱり楽しくやることだと思いますね。すると、ある一点こえると半分レジャーみたいになるかなって気がしますね。

岡田:今日の目玉のクエスチョンです。フリーランス、パラレルキャリア、組織に縛られない働き方がずっと10年くらいメディアで言われています。僕なんかもそうですが、憧れはあってもやっぱり妻なんかに聞くと“ふざけんじゃねえ”って話になります。子育てとか、老後のこととか、現実的なことを突きつけられるわけじゃないですか。かといって東大の柳川先生がおっしゃるように一つの会社で定年までっていうのもリスクが高い。村上さんは思い切ってトライして成功されました。悩んでいる皆さんに何かアドバイスいただけませんか?

村上:自分が何を重要視するかだと思います。リクルートが得意なフレームワーク、Will、Can、Mustのバランスですよね。給与のリスク・リターンならサラリーマンの方がまだ強いと思います。フリーランス的な働き方の給与は結構ボラティリティが高いので。時間もサラリーマンの方がなんだかんだ余裕があると思います。フリーランスって好きなことできると思うんですけど、そんなこと全くないです。いろいろ相談がきたら、やりたいテーマでなくても食うためにやらざるを得ないことが結構あります。外から見ると隣の芝生は青く見えるかもしれませんが、誤解を恐れずに言うとフリーランスは基本めっちゃきついです。ではメリットは何か?なぜ頑張れるのかというと、お金のリターンもありますが、私の場合、Willがあるからです。散歩の延長で富士山に登るのは無理というのと近しいものがあって、何かしら自分のWillとCanを限界まで発揮して何かやりたい場合はフリーランスがあっているし、そうでないとむしろきついくらいだと思いますね。もしWillが明確になっていないということが課題なら、まずWillを育むことが必要になってきます。

「Will」の重要性」

◆迫害されずに、越境学習の成果を出すコツ

岡田:最近、起業、フリーランスまではいかなくても組織の中で比較的自由に働く人が増えています。先日、楽天大学の仲山さんという方から話を伺ったのですが、彼は社員を犬、猫、トラ、ライオンみたいに分類して、猫のように自由に塀をこえていくような働き方を推奨しています。村上さんの周りにもそういう人いますか?そのように働くコツってあるでしょうか?

村上:多いですね。僕の周りにも増えています。僕の知人は、副業とかは怒られるギリギリまで一回試すと言っていました。僕は銀行時代、週5は完全に組織の犬でした(笑)。でも残り2日は振りきってチャレンジしていました。今は副業OKの会社もあるでしょうし、本業の時間でもそういう動きが新しいビジネスの種になるという考え方が合う会社と合わない会社があって、楽天さんとかは合うんでしょうね。やはり本業に支障が出たら駄目だと思うのです。本業でやりたいのであれば新規事業開発の部署に異動する、そのために実績を出す、そんな会社に転職するとか、猫が合う場所にいくのが良いと思います。

岡田:今のお話の流れで、越境学習で組織の垣根を越えて学んだことを、自分の会社もなんだかんだいって好きだし還元したいと思ったとき、何かコツみたいなのはあるのでしょうか?

村上:それは、僕が一番手こずったことなんです。越境学習で有名な法政大学の石山先生から学んだのですけど「迫害」という概念があるんです。越境学習で学んだことを社内に持ち込もうとすると迫害されてしまう。わかりやすい例では、MBAで学んだ理論を社内の会議で持ち出すと、ちょっと怪訝な顔をされてしまうみたいな。だから、みんな越境学習することをこそこそ隠してしまう駄目な状況が起きてしまう。

岡田:隠れキリシタンですね。

村上:実際に多い印象です。みんなむしろ積極的に隠している。いわゆる「こそ勉」ですね。ではどうすれば越境学習を通じて学んだことを活かせるのかというと、小さいNPOとかで試したり、企業でも組織横断的なプロジェクトみたいな場で手を挙げて試すということが考えられます。こういう場だと迫害されづらいからです。越境学習で学んだことを活かす機会を与えてくれることは、多くの場合社内では残念ながらありません。会社が「越境学習に使っていい場所だから、君学んだことを使ってくれ」とか普通は残念ながらほぼないですから。だから、越境学習で学んだことを開拓していくのも自身の役割だと思いますね。

岡田:なるほど。

村上:僕の独自理論なんですが、越境学習は両利きの経営でいう「知の探索」の最高峰だと思うんですけど、強いつながりのコミュニティに対して越境学習を戻すのは厳しいんです。でも、弱いつながりのコミュニティでは学んだことを発言しやすい。社内プロジェクトも複数に入るといいと思います。受け皿一つだと隠れキリシタン行きですから、繋がりが弱く、ハードルの低いコミュニティで越境学習して、弱いコミュニティを複数もってそこで学んだことを多くの場所で還元していくのがポイントです。それができて初めて、強いつながりのコミュニティにフィードバックできると思います。

岡田:良いですね。まずオンラインサロン、夜間大学院などで試し打ちする感じですね。それでは最後の質問です。メンバーシップ、終身雇用、年功序列などの日本的雇用が制度疲労を起こしていると長く議論されています。リンダ・グラットンさんの本でも2030年がベンチマークされていますが、8年後の日本は高齢化率がさらに高くなる。2030年の日本はどんなイメージだと思いますか?

村上:僕は50歳になっていますね。良い方向に向かっていってほしいですね。理想は、リスキリングを含めて可能性がより解放されていく社会制度になっていることが望ましいです。「終身雇用・年功序列で自分たちは頑張ってきたから、今さら変えるのかふざけんな」という論調もあると思うんですけれども、日本の場合、もっと多くの課題があります。最初の就職活動で正社員に入れなくて派遣を転々するみたいな固定化もありますし、ポスドク問題もあって博士号をとっても給与がすごく低かったりします。高齢者はどんなに優秀でも就職が難しい。本当はもっと人財の活用の余地があると思うのです。今まではキャリアがデモグラフィックな経歴にかなり規定されていたところを、いかに社会全体でマッチングさせていくかが求められる気がします。50代、少なくとも今の40代は、昔とった杵柄でいけるという考えを持たずにやっていってほしいです。30~40代が社会のあり方を変えようという気概を持たないと、社会は変わらない気がするんです。今の社会は50歳以上の人達が作ったものが多くを占めると思いますが、これからは若い世代、とりわけ30~40代が作っていく社会になってほしいと思います。

岡田:今後の出版予定などもありましたら、簡単にお願い致します。

村上:2冊目を今ちょうど書いています。あとは、ビジネスインサイダーの月1回の連載が僕のライフワークになりつつあります。あの記事があって本の話やいろいろな機会をいただけたので。一方で、妻からは「2ヶ月に1回でいいんじゃない、死ぬよあんた」とか言われていますけれども(笑)、頑張れるところまで頑張ります。それと、決算書のトレーニングの勉強会は、ニーズがあれば手弁当で対応しますので言ってください。ありがとうございます。

岡田:ありがとうございました。それでは、以上で収録を終わります。

越境学習のコツとは