コロナ禍を契機に所謂「副業」が話題になることが増えました。振り返ってみますと、政府が2017年3月に取りまとめた「働き方改革実行計画」の中で、柔軟な働き方として副業・兼業の普及促進を打ち出しました。更に、2018年1月に厚生労働省がモデル就業規則を改訂し、これまで副業・兼業を原則禁止としていた規定を削除しました。政府行政の「副業」を推進したい姿勢が感じられます。

 民間企業の反応はどうだったのでしょう。JIL-PT(労働政策研究・研修機構)が実施した「多様な働き方の進展と人材マネジメントの在り方に関する調査(企業調査・労働者調査)」では、「副業・兼業の許可する予定はない」と回答した企業が75.8%に上り、理由として、「過重労働となり、本業に支障をきたすため」が82.7%を占めていました。消極的な反応です。コロナ禍を経て、今後企業の反応にも一定の変化が見られるのでしょうか?

 実際に副業している人がどれ位存在し、どの程度稼いでいるのでしょうか?ビジネスパーソンが副業をすることのメリットやデメリットは何でしょうか?副業をしているのは非正規の方が46.7%で、正社員は18.3%程度。年収では200万円以下の層と年収1000~2000万の高所得の層が多いです。所謂中間層と称される正社員で、年収500~600万のビジネスパーソンは、ほとんど副業をしていないという実態です。

 今回の特集1では、誤解や勘違いも多い副(複)業の実態について、東洋大学 経済学部 教授の川上 淳之さんにお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

ゲスト:東洋大学 経済学部 教授 川上 淳之 氏

1979年生まれ。2002年、学習院大学経済学部卒業。09年、同大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。10年、博士(経済学:学習院大学)取得。経済産業研究所リサーチアシスタント、労働政策研究・研修機構臨時研究協力員、学習院大学学長付国際研究交流オフィス准教授、帝京大学経済学部准教授、東洋大学経済学部准教授などを経て現在:東洋大学経済学部教授。2017年、第18回労働関係論文優秀賞受賞、2022年労働関係図書優秀賞受賞。
東洋大学 経済学部 教授 川上 淳之 氏
「副業」の研究

「副業」の理想と現実
~多様な働き方の文脈で語られる「副業」の実態とは~

岡田 英之(編集部会):本日は、東洋大学経済学部教授の川上淳之先生にお越しいただきました。今回は副業というテーマで、いろいろお話をお聞きしたいと思いますので、よろしくお願い致します。まず、簡単に先生の自己紹介、ご専門分野や現在関心を持っている研究テーマなどからお話しいただければと思います。

◆ミスリード、勘違いの多い副業の実態とは?

川上 淳之(東洋大学経済学部教授):川上淳之と申します。私の出身は学習院大学で、元々ゼミの先生は玄田有史先生でした。玄田先生が東大に移られてからは学習院大学の脇坂明先生に学び、また、宮川努先生に声をかけていただいて、企業の生産性の研究に取り組んできました。修士論文は「2度目の開業」というテーマでした。

岡田:アントレプレナーシップの研究ですか?

川上:起業の研究ですがやや労働者よりで、経営者のスキルに失敗経験が活きるかどうかの研究でした。最近は企業の多角化、新規事業に参入する企業の特徴、それによってパフォーマンスがどう変わっていくか、経済学のマクロレベルにどう影響するのかを分析しています。これから取り組みたいのは、企業の本社機能に関する研究です。また、不妊治療とウェルビーイングの関係の研究に今年から着手しています。

岡田:ありがとうございます。我々JSHRMにとっても、副業以外にもいろいろ興味深いテーマがあります。いずれまた論文というかたちで拝読させていただけそうですね。では、さっそく本題です。まずは、先生が『「副業」の研究~多様性がもたらす影響と可能性~」の研究』という本を上梓された理由からお話しいただけますか?

川上:僕は博士号をとったのが2010年だったのですが、そのころ雇用は不安定な状態で、5~6つの仕事を掛け持ちしていました。非常勤講師を3つやりながら、経済産業省で生産性の研究、JILPTで最低賃金の研究、内閣府で国民経済生産(GDP統計)の集計を同時に進めていて、いろいろな職場を移動しながら働いていたんですね。

岡田:非常勤講師以外に3つの研究をかけもちしておられたのですね。

川上:はい。それで3つとも違う研究のように見えるんですけれども、例えば最低賃金を引き上げるということは、企業はそれに対して生産性を高めていかなければいけない。そういったリアクションはあるのかなと考えるなか、自分はJILPTで最低賃金の研究をしているけど、ベースにあるのは宮川先生の研究プロジェクトで取り組んでいる生産性の研究なんだと気づいたんです。一見関係なさそうな仕事の経験がつながってパフォーマンスが上がっていくことがあって、これは研究だけでなく一般の仕事も同じではないかと思ったのが、最初のリサーチクエスチョンでした。

岡田:なるほど。

川上:それで副業の研究を始めたのですが、もう少し実態を明らかにしないといけないと思いました。それで2017年に論文を書き、その後に書いた副業とスキル形成に関する論文を日本経済学会という学会で報告したときに、オーディエンスに出版社の方がいらっしゃっていて、声をかけていただいたのが本を書く直接的なきっかけです。

誤解や勘違いも多い副業の実態

◆人事マネジメントの観点からの「副業」

岡田:副業という言葉が、ビジネス界、我々の人事界隈でもここ4~5年、2017年の働き方改革以来盛んに言われるようになりました。オープンイノベーションの手段だと政府行政からも発信されて、我々も敏感になっています。ただ先生の本を読むと、ビジネスフィールドの人間は、ちょっと副業を誤解していると感じました。どうもイメージしていたパラレルキャリア的な副業とはだいぶリアルは違うなと。

川上:実は、正社員の持つ副業は、副業の世界では少数なのです。副業を持っている人の多くは農家の人、自営業の人、特に雇用のない自営業でいわゆる役者志望の若者とか、ミュージシャンや劇団員の駆け出しの人が、生活できないのでコンビニでバイトするみたいなケースが非常に多いです。学生に話したら「それ、俺たちのことですよ」と言われたんですが、バイトの掛け持ちも副業になります。
つまり、一つの仕事だけで生活するのが難しくて持つものが副業であると考えると、十分収入が確保されている正社員の方たちは、副業を無理にもつ必要はなかったのだともいえます。

岡田:先生の本でも、副業しているのは非正規の方が46.7%で、普通の正社員は18.3%。まあ2割に満たない。年収で見ると年収200万円以下の人が多くて、一方で年収1000~2000万の高所得の方が多い。でも、正社員で年収500~600万のビジネスマンは、ほとんど副業していないのですね。

川上:そうですね。実際、副業しているのは圧倒的に低収入の人たちです。本でもワーキングプアという言葉を使わせてもらったのですが、生活が厳しいので副業しているほうが問題は深刻で、そちらをしっかり見ていかなくてはいけないと思っています。
 経済学の研究でも、収入が必要だから副業するという関係性は知見としてありました。ただ、最近は研究で収入以外の役割も注目されてきて、例えば経営者などでいきいき活躍している人が、仕事を掛け持ちしているケースが多いとか観察で見えてきたんですね。これを正社員に転換することで一般層のスキル向上ネットワーク構築に結びつくと考えたのが、今回の働き方改革に副業が含まれている理由の一つだと思います。

岡田:年収が低い方の副業、要するに副業せざるを得ない人たち。これってある種の経済問題で、経済政策でなんとかしなくてはいけないところですよね?

川上:2つ仕事を持つことが悪くない可能性もあります。かつての僕みたいに、一つの仕事の契約が終わったとしても、もう一つの仕事があるから失業しないですむのでリスクヘッジになります。だから副業はいいよっていう方はそのままでいいと思うんです。でも、「就業構造基本調査」をみると、副業したい人よりも「長時間労働をしたい」「パート、アルバイトではなくてフルタイムの仕事につきたい」という方が多い。その場合、一つの仕事にコミットすることで、仕事が認められてキャリアを積み上げるプロセスがあると思います。逆に副業することによって、そのプロセスが阻害されないかどうかももっと研究しなければいけないと思っています。また、生活が厳しい方々は最低賃金を引き上げてもらっても、労働時間が短ければ生活はできないので、副業があるからいいね、で終わらせないことが大事だと思います。

岡田:高収入の経営者、医者、弁護士さん、学者さんが副業を持つ動機はどんなことなのでしょうか?

川上:共通点は専門的な知識があり、それを別な場所で同じように発揮できることですね。経済学の言葉でいう「一般熟練」のスキルがある方々です。また、専門職ネットワークが形成されていて、大学教員であれば、非常勤講師の仕事などの声がかかりやすいということもあると思います。

岡田:なるほど、社会的にも認知されている専門性を持っていてスキルが移転できること。ある種のギルドみたいなネットワークもあって、専門知がうまく流通していて副業としてマーケット化されているのですね。

意外?な副業従事者

◆副業と本業との相乗効果は?

岡田:問題は年収500~600万のいわゆる普通のサラリーマンの副業です。仕事も忙しい、プライベートも育児や介護などに忙しい。副業を促されても「そんなこと言ったって無理じゃん」という人が大多数だと思うんです。このあたり、今後の副業の政策を考えていく上でいかがでしょうか?

川上:個人的には、無理にやらなくていいのではないかと思います。大事なのは、自分が本当に副業をやる必要があるのか、やりたいのかですよね。例えば、子供が生まれて家もたったのでお小遣いを自分で稼ごうとか、今の職場で同じ仕事を続けても将来が不安だから副業で違ったスキルを身につけようとか、本当はミュージシャンになりたかったからバンド組んでみようとか、今の自分の仕事で収入やキャリアも含めて足りていない部分を考えて、それが副業で満たされるなら副業を始められるといいと思います。人によっては社会人大学院のほうがいいかもしれないし、越境学習、勉強会、ボランティアかもしれない。何がベストかを自問して、選択肢の中から選ぶことが大事だと思います。政策で副業が進められて、我が社も副業だ、イノベーションだと促される方もいるかも知れませんが、職業選択の自由は自分にあるわけですから、副業しなければと焦る必要はないと思います。

岡田:企業の人事担当者にしてみると、社員に副業を促進する以上、どうしても本業との相乗効果を期待してしまいます。この辺はどうなのでしょうか?

川上:研究では、いわゆる分析的な仕事、つまり専門職や管理職の人たちは副業をすることで賃金率が上がっています。経験を通じて得た知識、ネットワークがそのまま市場形成につながったり、ビジネスのアイデアにつながる職種については効果があるようです。一方、収入のためだけで副業をやっている人には効果がみられていないんです。これをどう解釈するかですが、完全なルーティンワーク、疲れると働けなくなるような仕事は、必ずしも副業でパフォーマンスは上がるとは限らないということと、経験を得るという目的意識を持つことが大切であるといえます。

岡田:職種によって差があるのですね。人事担当者が社員の副業を認めて、越境学習的効果をより高めてもらうようにサポートしたいときに、何ができるでしょうか?

川上:気づきを与えることじゃないかなと思うんですね。「実は、副業を推進するという新しい取り組みは、組織を通じてスキルを高める効果もあるんじゃないかと思って勧めているんだよ」と、一言伝えるだけで違ってくると思います。あまりにも非効率な副業をしようとする人にはアドバイスしたり、副業するのであれば自分のスキルが上がって本業にも活かせるような副業をちょっと考えてみましょうね、という啓蒙ができると、ただダブルワークして疲弊する副業にはならないんじゃないかと思います。

岡田:そういう意味では、社員がコソコソと人知れず副業するのではなくて、オープンにして事例みたいな感じでシェアしていくことが望ましいということですね?

川上:おそらく今回の政策は、こそこそ隠れてやる副業をやめて、会社の中でオープンに情報を共有していく副業に変えていきましょうというのが目標だと思います。さらには、市場形成や新規事業などイノベーティブな方向につながっていけばという期待もあるので、今回の働き方改革は、中間層でどれだけ副業をする人が増えるかどうかがポイントになっていくのだろうと思います。

岡田:それによってオープンイノベーションが起こると。そんな発想を各企業でも少しずつ採り入れて下さいということでしょうね。ありがとうございます。最後に我々の協会は人事部員が多いので、副業というキーワードを通して人事の方向けにメッセージをお願いします。今後の出版予定なども教えてください。

川上:これまで、従業員のキャリア、求められる能力・スキルは、会社で管理して「この人にこういう経験そろそろさせよう」と、異動させたり経験を積ませてこられたのではないかと思います。ただ、今の時代はそれだけでは足りなくなってきています。会社の中に新しい風を入れたり、イノベーティブな発想、アイデアを持ってくることが求められているなか、問題意識はあってもそれがなかなか進められない状態だったのではないかと思うのですが、社員に経験を積ませる機会、成長してもらう機会として、副業は何か一つの役割を持っていると思います。
 あまりにも新しく急激な変化なので、おそらくみなさん何をしていいのか五里霧中状態かと思いますし、実は私自身も同じです。データを使って状況をある程度見ることはできるのですが、これからどうなるかは、実際に副業を始められた方、制度を導入された方々の経験値が重要になってくると思っています。副業を導入して良いビジネスチャンスにつながったり、失敗もあったりすると思いますが、事例を集めて、副業の問題点もしっかり共有できる社会になっていけばいいなと思っています。今日のキーワードは、オープンにするということだと思います。

岡田:貴重なお話、どうもありがとうございました。以上で収録を終わります。

副業で得られる副(福)産物とは?