「ブラック企業」という言葉。令和時代の現在では多くの人々に認知され、企業(会社)のみならず多くの組織や社会で議論されるようになりました。そもそも「ブラック企業」とは、2000年代後半に、IT企業で働く若者たちの間で、自社の過酷な就労環境について自虐的に表現することで流布したネット・スラングでした。現在でも明確な定義はなく、イメージだけが独り歩きしている傾向があることも事実です。

 一般的には長時間(過重)労働や過酷なノルマ、パワーハラスメント等が組織内で横行し、違法とも言えるような就労環境が蔓延している状態を言います。全体的な傾向としては、流通・小売業界、飲食業界、介護業界、IT業界など、主に労働集約型のサービス業に散見されます。

 所謂「ワンオペ」で話題になった牛丼チェーンのすき屋などの大手飲食業界では、従業員の「使い潰し」が多い原因として、同産業務内容を極度にマニュアル化することにより、比較的単純な業務に低賃金で長時間従事させることが経営上合理的だからと言われています。実態はどうなのでしょうか?メンバーシップ型に代表される日本型雇用やテレワークという就労環境の変化と「ブラック企業」問題はどのような関係にあるのでしょう。

 今回の特集2では、ブラック企業問題のパイオニアであり、対策の専門家でもあります働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役の新田 龍さんにお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

ゲスト:働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役 新田 龍 氏

働き方改革総合研究所株式会社代表取締役・人事戦略コンサルタント。早稲田大学政治経済学部卒業後、複数の上場企業で事業企画職、営業管理職、人事採用職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所を設立。経営戦略としての労働環境改善、ビジネス・労務トラブルからの企業防衛とレピュテーション(評判)改善、人材開発に関するコンサルティングを手掛ける。また各種メディアで労働問題・ブラック企業問題を語り、優良企業を顕彰。厚生労働省ハラスメント対策企画委員も務める。著書多数。
『戦争論』に学ぶビジネスの戦略
問題社員の正しいやめさせ方

「ブラック企業」問題のその後
~理想的労使関係の構築に必要なヒントを探して~

岡田英之(編集部会):本日は、働き方改革総合研究所株式会社の代表取締役で、ブラック企業アナリストとしても活躍されている新田龍さんにお越しいただきました。それでは新田さん、これまでも何回かご登壇いただいていますが、改めて近況報告を中心に自己紹介をお願いできますでしょうか?

◆ブラック企業問題、2022年の現在地

新田 龍(働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役):改めまして、新田でございます。働き方改革総合研究所の代表取締役、そしてブラック企業アナリストという肩書きで2008年から活動しております。法人向けのビジネスは二つ柱がありまして、一つは働き方改革推進による労働環境改善のコンサルティング。もう一つが私の専門分野である、悪意のある取引先(法人、従業員、ユニオンなど)に起因するトラブルの解決を行っています。ゴールイメージは、依頼いただいた企業さんの評判の改善です。「ブラック企業」という悪評や風評を払拭するため、良好な労働環境へと改善し、「実はいい会社だ」という根拠を基に良いレピュテーションを形成するサポートをしています。ブラック企業アナリストとしては労働問題、ブラック企業問題の専門家として、各種メディアでコメントしたり執筆したりしています。厚生労働省のハラスメント対策委員としても活動しております。また、4月に新刊が出まして、こちらが23冊目の本となります。

岡田:新刊を出されたのですね。楽しみの方もいらっしゃると思いますが、どんな内容の本でしょうか?

新田『クラウゼヴィッツの戦争論に学ぶビジネス戦略』という本です。古典名著ながら難解な「戦争論」のエッセンスを、現代ビジネスシーンのエピソードになぞらえたクイズと事例とともに解説するもので、困難な状況を打破してきた企業が、どのような状況でどんな決断を下し、どんな成果に繋げてきたのかを分かりやすく学べる内容になっています。

岡田『失敗の本質』という本もすごく売れましたね。有名なクラウゼヴィッツの戦争論から学ぶビジネス本。ぜひ、みなさんも読んでいただければと思います。では本題です。ブラック企業という言葉が2008年前後に世の中で注目されました。その後十数年、ブラック企業問題はどう変化してきたかご解説いただけるでしょうか?

新田:ブラック企業という言葉ができたことで、功罪両方ありました。良かった点は、言葉ができたことで長時間労働の常態化、サービス残業、有休取得拒否などは違法であり、忌避すべき行為だという認識が広がりました。社会的にも「ブラック企業は悪」という共通認識が生まれて、企業側では「労働環境を改善しよう」、従業員側であれば、「報われない環境には長居せず転職しよう」といった動きにつながっていきました。また労働法制面でも、働き方改革関連法の改正があり、戦後初めて労働基準法が大きく変わったのはエポックなポイントだったと思います。

岡田:怪我の功名というか、労働環境の改善が進んでいったわけですね。

新田:はい。例えば「パワハラ」という言葉ができたことで「それ、パワハラですよね」と声をあげやすくなったのと同じで、ブラック企業問題が顕在化したという意味では、大変良かったんです。一方で、ブラック企業という言葉だけが一人歩きして、牽強付会というか、自分の気にくわない会社、自分を評価しない会社を逆恨みのようにブラックだと騒ぎ立てる面も出てきました。風評被害を立てられやすくなったのはネガティブな面かもしれません。
貧困ビジネスと同じような「ブラック企業ビジネス」も顕在化しました。会社で発生した労務トラブルについて、原因は社員側にもあったかもしれないのに、労働者の権利が守られていることを悪用して、「パワハラがあった!」「組合への不当な圧力があった!」と騒ぎ立て、YouTubeなどで悪評をまき散らし、「収めてほしかったら和解金を払え」と、なかば恐喝するような悪徳ユニオンにまつわる相談も増えています。要求通りに支払うとさらにつけあがって、「他にもこんな問題があった」と針小棒大に騒ぎ立てて、脅し続けるのです。非常に問題だと認識しております。

ブラック企業問題の現在地

◆メンバーシップ型雇用はブラック労働を生みやすい?

岡田:今、貧困ビジネス、悪徳ユニオンという言葉がでてきました。本来、労働組合は円滑な労使関係を促進するための非常に重要なプレーヤー。昨今改めて役割が注目されるなか、一部でしょうがよろしくない労組がでてきてしまった。社外のユニオンに相談するビジネスパーソンはどんな点に注意すればよいでしょうか?

新田:誤解がないように付け加えますと、日本の企業内労働組合、企業外合同労働組合(ユニオン)のほほすべては誠意を持って活動されている組合です。悪徳ユニオンはあくまでごく一部です。
見分け方としては、最初に「こういう権利を回復したい」と要望したことに真摯に向き合って動いてくれる組合なら問題ないでしょう。また、トップの方が交渉経験豊富で、社会人経験をもった良識ある方なら心配いらないです。悪質なところの特徴は、トップに社会人経験があまりなくて活動家的なことしかやっていないとか、労働者が最初に相談した内容を無視して、組合の都合で進めていくケースが多いですね。

岡田:ありがとうございます。先程の働き方改革関連法案、「かとく(過重労働撲滅特別対策班)」というんでしょうか。ここもコンパクトにポイントを教えていただけますか?

新田:大きなポイントは、これまで青天井だった残業時間に明確な天井ができたことです。今までは36協定や特別条項などで、実質は年間何千時間でも残業させ放題のザル法案だったんですが、ザルじゃなくなりました。残業時間は原則として、36協定でも上限となる「月45時間・年間360時間まで」が上限。それ以上残業させると、違反が判明した従業員1人当たり月30万円の罰金、または6カ月以下の懲役です。帳簿の記録も厳密に見られますし、記録をとってないという言い訳は通用しません。有給休暇の5日間の取得義務化もあります。ずさんな労務管理は、それ自体が違法となるリスク要因なのです。

岡田:ありがとうございます。最近、人事の世界ではジョブ型雇用、メンバーシップ型雇用についてよく議論がされています。雇用システムという観点からブラック企業を考えた場合、どんなことが見えてくるでしょうか?

新田:メンバーシップ型とジョブ型は、それぞれ良いところと悪いところ、メリットもデメリットもあります。少し話がそれますが人口ボーナス期、人口オーナス期という言葉があります。人口ボーナス期は人口が増えて経済成長しやすい時期。若い労働力の割に高齢者の数が少ない。人口オーナス期は、経済成長はもうある程度してしまって、高齢者が増えたまま若手が少なくなり社会保障費が重くのしかかる時期です。メンバーシップ型は人口ボーナス期には非常にフィットしており、日本は世界に類をみない経済成長をしました。ですが、今、人口オーナス期になっていくなかメンバーシップ型の活用を続けるのは、古いOSのままパソコンを動かすようなもので、使い続けることによるいろいろな齟齬が起きているのではないかと考えています。

岡田:メンバーシップ型というOSがもう古くなっているということなのですね。ソフトウェアの組み換えとかではなくて、根っこのシステム自体が時代の変化にそぐわないので、アップデートが必要だと。

新田:今の経済情勢に合ったシステムを使うべきです。というのも、メンバーシップ型雇用だと、どうしてもブラック労働をすることが、「組織で生き残るための最適解」になりやすいんですね。日本の場合、会社という枠がまずあって、「●●株式会社という共同体の一員(メンバー)として迎え入れるかどうか」を人柄重視で選ぶ。そうすると、採用時点でのスキルや能力はあまり関係なくなり、やはり無限に残業ができたり、会社の思うとおりに異動、出向、転籍してくれる人が可愛いし、チャンスを与えられ出世しやすくなる。職務遂行能力よりも「前向きな意欲」「素直さ」「周囲の人とうまくやっていける力」といった人柄や、会社に媚びる力が評価を大きく左右するとなると、従業員は生き残るために滅私奉公しなければいけない構図ができてしまう。同じ仕事を短時間で終わらせるよりも、残業して頑張った姿勢を見せた方が評価されるというような、非効率さが温存されてしまうリスクにもなります。

メンバーシップ型雇用とブラック企業

◆テレワークで表面化した、企業のブラック体質とは?

岡田:ちょうどコロナ禍になって丸2年です。ブラック企業問題はコロナ禍で何か変わったでしょうか?

新田:実は、コロナ禍のテレワークこそが、普段は見えにくい会社組織の課題を顕在化させた、と感じています。同じような規模で同じような名声を誇る大手有名企業でも、ある会社は非常にうまくテレワークが機能している。ある会社は全然うまく機能しないで、在宅から出社に戻したりしています。お金があるなしの違いではなく、ブラック企業になりえるような会社のいろんな問題点、出社しているときに見えなかったものが、テレワークで明らかになってしまったケースをよく見かけました。

岡田:テレワークによって、不都合な真実が見えてきてしまったと。

新田:例えば、「テレワークだとうまくコミュニケーションがとれない」、「サボるやつを監視できない」、「オンライン会議だと話がよくまとまらない」、という相談ごとがあります。でも、オンライン会議でうまく話がまとまらないという会社をよく見ると、既存の定例会議、情報共有だけの会議を全部Zoomに移行させているだけだったりします。本来この機会に、無駄を排除して根本から見直すべきなのに、オンライン化したことでテレワークに対応した気になっていました。
サボる奴が出るという話も、テレワークだからサボるんじゃなくて、サボる社員がのうのうと生き永らえていることが問題なのです。「サボることに対して何ら抑止力が働いていない」、「サボるような人を採用している」、「成果を定義できていないから途中を見て安心したい」という問題もあります。コミュニケーションが上手くとれていないのは、結局コミュニケーションの総量が足りていなかったケースが多いです。テレワークのせいにしているだけで、普段の様々な至らない部分、その会社がもともと持っている問題が、表面化しただけという話をよくしていました。

岡田:新田さんがお手伝いされている案件で、テレワークであぶり出されたブラックな部分が改善できた事例があれば、可能な範囲で教えてください。

新田ハラスメントも関わっていた案件ですが、テレワークでチャットなどを活用するなか、コミュニケーションが最小限に抑えられていたケースがありました。「この作業はいつまでに」「この資料を出せ、以上」という業務指示だけで終わるパターンですね。簡潔なのですが、普段の出社のときにしていた会話ってもっとありましたよねって話なんです。オフィスで顔を合わせていたときは、ちょっとした相談、今こういうのを進めていますがどうしたらいいんですかとか気軽に話しかけていたものが、オンラインだと雑談はサボっていると見られるので、コミュニケーションの量が大幅に減っていたんですね。
解決策としては、チャットそのものを「疑似オフィス」と考えてくださいと伝えて、普段のオフィスでしていた会話、雑談もすべて解禁しました。「『こんなこと聞いたらアホだと思われる』といったことでも、一切遠慮抜きに書き込んでください」とタブーをなくしたんですね。その結果、コミュニケーションが活発になっていき、みなプライベートも開放しますので人間性が伝わり信頼関係も強固になっていきました。非同期的な会話は対話に参加していなくても後から誰でも見られますから、コミュニケーションの総量も増え、ハラスメント対策にもなった事例があります。

岡田:コミュニケーションの総量を増やす。お昼ご飯は何食べましたとか、今うちの子寝かしつけようとしているけどなかなか寝ませんとか、チャットに普通に書き込むことによって、コロナ前の雑談に近い効果が得られるということでしょうか。ありがとうございます。
ではラストクエスチョンです。新田さん、このブラック企業問題、10~20年後はもうブラック企業がなくなって理想的な労使関係が実現されているしょうか?また、最後に当会員の方々にメッセージをお願いします。

新田:希望としては、10年後はブラック企業アナリストの仕事を廃業していたいです。トラブルそのものや被害者がいなくなれば、本来なくなるべき仕事なんです。残念ながら、依然として日々大量の告発や相談が寄せられているので、まだまだというところです。ただ、ブラックであることがダサいこと、選ばれない状態だと誰もが認識しつつありますし、昨今、本当に少子化でブラック企業には人が入ってこないです。優秀な方も抜けてしまいます。ブラックが生き永らえない時代になってきましたので、みんなで力を合わせてブラックを撲滅していきましょうとメッセージをお伝えしたいです。
中小企業さんの場合、今年の4月以降どんどん法律が変わっています。パワハラ防止法も変わりましたし、来年からは月60時間以上の残業割増率が上がります。再来年は建設業、運送業の残業時間規制も適用開始です。法律の変化と無縁では生きていけない時代ですので、どんどんアップデートして先進企業だと言われるようにしていきましょう。
個人向けには昨年から、真っ当で力のある合同労働組合(ユニオン)とタイアップして、退職時の権利交渉代行サービスをスタートしました。退職にまつわる交渉、たとえば退職金や未払金の回収、有休消化、パワハラの賠償金請求などをユニオンが窓口となって行います。ですので、経営者や人事の皆様方におかれては、こちらの退職代行サービスから連絡がこないようにお気をつけいただきたいです。人事の方向けには、労務トラブルや広報トラブルの回避・解決方法をお伝えするセミナーを開催しています。最近もネット炎上における信用毀損や風評被害の予防法をお伝えしました。自社主催が中心ですが、お呼びいただければ喜んで参上します。

岡田『ブラックやめたい.com』ですね。我々は反面教師として、そういった事案を発生させないようにしないといけないですね。では、収録は以上で終了します。どうもありがとうございました。

ブラック企業問題の未来