社会と個人の多様化が進む中で、孤独・孤立といった問題への関心が増加しています。昨今の新型コロナウイルス感染症拡大により、人との接触機会が制約されたことで、孤独・孤立問題への社会的関心に拍車がかかりました。英国では、日本の文部科学省政務次官に該当する人物を「孤独担当大臣」という新たなポストに任命し、政府横断的な体制で社会的な孤独を解消するための施策に取り組んでいます。日本でも一人暮らし世帯は1,600万世帯を超え、全世帯の3割以上を占めるまでになりました。65歳以上の高齢者の一人暮らしの増加も顕著です。さらに、50歳未満時生涯未婚率も調査ごとに増加傾向です。これら高齢者や未婚者の増加により、将来一人暮らし世帯がさらに増加すると想定されています。社会的ネットワーク(周囲からの支援)を得られず社会的孤立に陥ると、不健康につながりやすく、健康リスクが高まることが報告されています。また、貧困や障害をもつ社会的弱者ほど社会的孤立に陥りやすく、健康格差を生み出す要因にもなっているようです。近い将来企業においても、社員のWell-beingやQOL向上の視点から、こうした問題に対する積極的なアプローチが求められる日が来るかもしれません。

 今回の特集3では、孤独・孤立問題に精通され、解決に向け精力的に取り組まれているNPO法人あなたのいばしょ理事長の大空 幸星さんにお話を伺います。

(編集長:岡田英之)

ゲスト:NPO法人あなたのいばしょ 理事長 大空 幸星 氏

1998年、愛媛県松山市出身。「信頼できる人に確実にアクセスできる社会の実現」と「望まない孤独の根絶」を目的にNPOあなたのいばしょを設立。孤独対策、自殺対策をテーマに活動している。内閣官房孤独・孤立の実態把握に関する研究会構成員、内閣官房孤独・孤立対策担当室HP企画委員会委員など。慶應義塾大学総合政策学部在学中。
NPO法人あなたのいばしょ
理事長 大空 幸星 氏
望まない孤独

孤独・孤立問題の処方箋
~良質なつながりが育むWell-being やQOLの向上~

岡田英之(編集部会):本日は、NPO法人あなたのいばしょの大空幸星さんにお越しいただきました。今日は大空さんに孤独、孤立の問題についてお伺いいします。それでは大空さん、まずはNPO 法人の活動内容など簡単に自己紹介をお願いします。

◆慶応SFCに通いながらNPO法人「あなたのいばしょ」を設立

大空 幸星(NPO法人あなたのいばしょ理事長):大空と申します。NPO法人あなたのいばしょを運営しております。まず、このNPOは何かというと、24時間対応のチャット相談窓口を運営しています。我々は、これまでの相談窓口が抱えていた問題を、独自のアプローチで解決していこうと試みてきました。例えば子どや若者たちの特に自殺の相談は、これまで電話が中心だったのですが、子どもたち、若者たちが慣れ親しんでいるチャットを使おう、テキストベースの会話にしようと取り組んでいます。
 また、世界25ヶ国に相談員を抱えまして、時差を活用して24時間帯の相談窓口を実現しています。一番相談が増えてくる22時~朝方に対応することで、我々が特に問題意識として持っている自殺と孤独の問題に取り組んでいます。現在、日本では唯一の24時間相談窓口になっています。
 僕自身は慶応大学の4年生で、9月入学なのでこの9月に卒業する予定です。いわゆる学生起業で、大学在学中にNPOを立ち上げて現在に至っています。

岡田:ありがとうございます。学生起業家でもいらっしゃるのですね。大空さんの場合、ソーシャルビジネスというより、社会課題を解決していく社会起業家、という位置づけでよろしいでしょうか。

大空:そうですね。ただ、今我々の世代で起業する人の多数が、何らかの社会問題を解決しようと思って起業しているので、そういう意味では社会起業家だと思います。今は学生起業でもかなり資金調達が容易なので、NPOを立ち上げるような人の多くが株式会社を作っています。

岡田:では本題です。昨今、社会問題として注目されている孤独と孤立。実はビジネスパーソンの多くは、孤独と孤立という言葉がごっちゃになっています。まずそれぞれの言葉の意味、さらにはこの問題がこれだけ注目され、大空さんはじめ多くの方がメディアで発信されている背景などを解説いただけないでしょうか?

大空:孤独と孤立の違いは、まず孤独には、英語ではロンリネスソリチュードの2つの意味がありまして、日本語の孤独は両方の意味を包含しています。ロンリネスとは我々が言っている望まない孤独、必ず苦しみを伴うもので、社会的関係の不足から生じます。一方、孤立は、家族やコミュニティとの接触がほとんどない状態。いわゆる社会的孤立です。日本では一般に孤独はロンリネスを指すはずです。ソリチュードについては、日本語では恐らく「孤高」という言葉があてはまると思います。
 孤独や孤立についての概念は非常にあいまいで、書店に行くと「孤独を愛せ」「孤独は人を強くする」という孤独礼賛本が並んでいますが、孤独というのは社会的な関係の不足から生じるものであって、乗りこえるためには誰かとつながるということが必要です。

岡田:なるほど。孤独(ロンリネス)が、より大きな問題なのですね。

大空:非営利セクターでは、長く孤立にフォーカスしてきた歴史があります。子どもの孤立を無くすとか。しかし、孤立している子どもは実はものすごく少ないんです。子どもには学校があり、家庭があります。問題は孤立しているかどうかではなくて、まわりに人がいても頼れない孤独。ここに着目する必要があったということです。例えば、芸能人の自殺が起きたときに、多くの人はなぜあんな幸せそうな人、友人もたくさんいるのにと感じると思うのです。原因はわからないんですけれど、何かしらの孤独を抱えていた可能性があります。子どもたちも一緒で、親がいて先生がいて友達がいて、学校にスクールカウンセラーがいても毎年500人近くが自殺しています。孤立はしていないけど一人で苦しんでいます。
 不登校の数、子どもたちの自殺、虐待の通報件数ともに過去最高という状況もあって、最近は客観的な概念である孤立ではなくて、主観的な概念である孤独にもフォーカスしてみようという変化があり、まさにこの2年間くらい孤独問題が注目を集めているのだと思います。

現在、注目される孤独・孤立問題

◆早期離職問題は、つながりの質がポイント

岡田:企業でも、新入社員が入社し、研修期間が終わり、GW明けになると必ず早期離職や5月病という問題に直面します。おっしゃるように孤立はしていない。まわりにたくさん人がいます。でも孤独感からなのかはわかりませんが、毎年職場を離れていく若者がいます。大空さんは世代的にもドンピシャですが、孤独・孤立問題の文脈コからどのような私見をお持ちでしょうか?

大空:日本のメンタルヘルスの分野でかねてより問題だと思っているのは、マッチングなんです。新入社員がいて、まわりに上司も、産業医も、先輩も同期もいるのでたしかにマッチングの量は確保できています。一方で、質の部分がそもそも枠組みに入っていないのがひとつの問題としてあると思います。
 前提として、軽症の孤独は誰しもが感じてるわけです。持続期間が問題で、軽症のうちに社会的つながりを持つことができないと重症化してしまうのです。解決策は難しいのですが、なるべくカウンセラー、産業医、先輩などから、自分に合った人を選べるように質の部分に着目した仕組みを作ると、改善される人が少しずつでると思います。

岡田:まずは、孤独な状態を長期化させないように、先輩、上司、産業医などが気づくことが大事なのですね。ここまでは、企業も様々なチャネルで対応していますが、個人にフィットした先輩、上司、カウンセラーをアサインできているかというと、必ずしもできていないですね。

大空:難しいですよね。アメリカでは、カウンセラーとのマッチングをAIがするサービスが若干出てきていますが、AIじゃないと無理だと思います。将来的には可能になってくるのだろうと思います。

岡田:なるほど。AIの活用となると企業単独では難しいですし、企業連合というか、NPOも含めるなど広域で対応していく動きが必要かもしれませんね。

大空:本質的な問題はつながりの質の部分だと思っています。実は今、「孤独予防プログラム」を複数の外資系企業に導入していただいているんです。自分とまわり人の孤独に対処できるようになりましょうという研修プログラムです。例えば部下から「死にたいです」と相談されたときにどう返すか?おそらくカウンセラーの資格を持っている人以外はわからないと思います。こうした基礎の基礎、傾聴を軸にしたトレーニングをオンラインで提供しています。
 コロナ禍で心療内科も精神科も、新規の受付ほとんど停止していたり、数ヶ月待ちになっています。我々のNPOの窓口も逼迫しています。そういう状況では、まずは身近な存在で頼れる人を見つけていく方法しかないと思っています。

岡田:これ、大空さんのNPO法人にお願いをすれば、マネジメント研修の一環として、傾聴スキルを中心とした、孤独と孤立対策の研修は実施可能ですか?

大空:もちろんです。一昨年から始めたのですが、2年連続で受ける企業さんもあったり、その中から相談員になったりする方も結構いらっしゃいます。傾聴ってそんなに難しいことではないのですが、ちょっとコツがいるわけですね。受け取るだけでなく肯定して承認することも傾聴のプロセスですけれども、日本人は褒める、承認することを面と向かって声に出すのを恥ずかしがる傾向があります。そこを乗り越えると、自己肯定感の向上にもつながりますし、相手の孤独を防ぐ効果もあることをもっと広げていきたいです。

良質な“つながり”が大切

◆曲解されてしまった「親ガチャ」の意味

岡田:最近、「親ガチャ」という言葉がバズワードになっています。自分の親父さん、お袋さんの学歴、年収、職業とか親の属性で子どもの幸福感が影響されてしまうという話ですが、大空さんどう思われますか?

大空:親ガチャについて、僕は明確な持論があります。親ガチャはカジュアルな意味ではなく、言葉の成り立ちからして違うのです。親ガチャとは、虐待を受けて育った、父親からレイプされて育った、我々の相談窓口に毎日そういう相談が沢山くるわけですけれども、そんな毒親に育てられた子どもたちが、自ら生き延びるために紡ぎ出してきた言葉なのです。

岡田:そうだったのですね。

大空:虐待を受ける子どもたちというのは、「お前なんか産まなきゃよかった」「お前なんか生まれてこなきゃ良かった」「お前が生まれたせいで」という言葉を、ずっと投げかけられてきます。責任をとにかく負わされ続けます。よく、絵本作家や宗教家の方々が、子どもは親を選んで生まれてくるといって、親との必然性を強調される側面がある中、虐待を受けた子どもたちは、自分が苦しむのは自分のせい、自分が悪いからだ、と思ってしまうのです。そこで、いやいや親子関係はあくまで偶然なんだ、親ガチャなんだと、親子関係の偶然性を強調することで、僕は懲罰的と呼ぶんですけれど、懲罰的な自己責任論から逃れることができた。これは偶然、だから私は悪くない、私は生きていてもいい、と当事者たちにとっては生き延びるための言葉だったのです。

岡田:今のお話を聞くと、真逆の意味だったのですね。メディアによって曲解されてしまったようです。

大空:真逆です。メディアが、カジュアルに取り上げたので、今は「最近の若者は何を言ってるんだ」「親に感謝して当たり前だ」とか、的外れな批判が生じてしまって本当に残念です。

岡田:ありがとうございます。次にマクロ的な視点から、孤独・孤立問題についてお伺いします。現在は平成生まれの若者が大半です。平成は社会経済環境的にも大きな変化がありました。大空さん的にこの要因が孤立や孤独を助長してしまったと思うものはありますか?

大空:それは、間違いなく新自由主義だと思います。小泉政権以降の新自由主義的な政策は、僕が言っている懲罰的な自己責任論、何か問題や悩みがあっても、それは自分で解決をするものだという「自業自得に近い自己責任論」が生んでしまったと思います。
 新自由主義が、どこから来てるかというとアメリカでしょう。しかし、本でも書きましたが、自己責任とは、本来は他者に対する貢献を自らの責任で行う、という意味だったはずなのです。それが日本に輸入されるといつのまにか自業自得に近い意味に変わってしまった。自殺の問題も2000年代初頭は、死にたいやつは一人で死ねという風潮が強かった。2006年に自殺対策基本法ができたので、なんとか自殺が社会問題に広がりましたが、あの法律がなかったらおそらく現在でもそうだったと思います。

岡田:いわゆる、ネオリベラリズムですね。しかし、ネオリベラリズム、新自由主義はどのように変えればよいでしょうか?真逆に社会民主主義という考え方がありますけれど、まさかそうもいかないと思うのです。

大空:社会民主主義、究極の対局に共産主義がありますが、共産主義圏での自殺率は高いのです。ロシア、ウクライナも自殺率が非常に高く、日本よりも高いくらいです。マルクス主義的に社会問題を見るとメンタルヘルスの本質を無視した議論になりがちです。共産主義社会であっても、人とつながりを持てなかったり、監視をしあっているような社会、つながりのクオリティが担保されない社会は自殺が多いのです。ある種、社会のコマとして動いていくわけですから。

岡田:なるほど。

大空:今の日本の状況を変えていくには、自己責任のあり方を見直すしかないと思います。人間は、本来は自ら責任を持って選択を下して、その選択の結果の連続が人生だというのは間違いありません。ゆるいつながりの社会環境を作った上で、個人がいざ自分が頼りたいと思ったときに、自分で選択をして誰かに頼る、窓口を使う。そういう環境を作っていくしか方法はないと思いますね。最近注目しているのは、民生委員の制度です。民生委員は、100年間続いている海外になかなか類を見ない優れた制度です。でも、88%の民生委員の方は高齢者なのでこの制度もあと5~10年でくずれてしまう。それで、今「子ども若者民生委員」を提唱しています。ひきこもりの経験がある大学生などが誰かを支える主体になって、地域に子どもたち同士、若者同士で支え合うような仕組みを作る。コミュニティではなく、つながりを作れる主体を作っていくことが必要だと思っています。セーフティーネットとしての存在ですね。

岡田居場所をデザインするコーディネーターというか、つながりのハブのような存在ですね。企業でも、大空さんの発想は応用できそうでしょうか。

大空:できると思います。多分、大事なのはピアサポートの概念を入れていくことだと思います。一人ひとりが、他の人の話を聞ける主体である必要があり、そのためには多少のスキルが必要ですけれども、誰もができることだと思います。我々の相談員は普通の主婦の人、会社員の人が8割近くを占めています。何のカウンセリング経験もない人が、研修を受けて相談員として、「死にたい」と言っている人たちの相談を毎日受けているわけです。まさにこういうことが、人間本来可能なのです。

岡田:ありがとうございます。最後に企業の人事担当者の方々にメッセージをお願い致します。

大空:よくメンタルが強いという言い方をします。メンタルが強いということは、何か悩みや苦しみがあったとき、一人で耐えられる力ではなく、誰かにつながれる力だと思います。孤独は、誰かとつながることによってのみ乗り越えられます。つながれることが唯一の処方箋、解決策なのです。元々人間は、全員狩猟民族で集団から離れることは死を意味していたはずで、なんとかつながろう、つながろうとしてきたのが人間の本能だと思います。その力を発揮できるのが本来の強い人間、あえていうならメンタルが強い人だと思います。各企業取り組んでおられると思いますが、ぜひ組織内で頼りやすい空気を作って、少しでも余裕ある人が、自分は誰かの話を聞ける主体であるという共通認識を持っていただきたいと思います。頼る・頼られる仕組みを作っていただくことで、結果としてパフォーマンスもそうかもしれませんが、間違いなく良いインパクトをもたらすと思います。

岡田:今後のご予定やPRもお願いします。メディア出演のご予定とかですね。

大空:メディア出演は毎日ほぼあるので、多分、本の方がいいかと思うのですが、草思社新書から『望まない孤独』が出ています。孤独と孤立の違い、孤独とどう向き合っていくのかを書いています。また、「孤独予防教育プログラム」を今、実証実験的に進めていますので、関心を持たれた方はぜひお問い合わせいただければと思います。

岡田:こちらは、Googleで「あなたのいばしょ」で検索すればよいですね。ありがとうございました。それでは、以上で収録を終わります。

ピアサポートの重要性とは